250話
雄太がホテルの部屋に戻ると、春香はシャワーを浴びて待っていてくれた。黒いキャミソールが色っぽく見えて雄太はドキドキする。
(ヤベェ……。ガッツいてしまいそうだ……)
春香に分からないように深呼吸をして、飲み物を冷蔵庫にしまって浴室に向かった。
何度も何度も春香を求め、会えなかった日の淋しさを埋め、愛しい想いをお互いに感じ合った。その後、ホテルのレストランで食事をして雄太は宿舎に戻った。
「雄太、入るぞぉ〜」
宿舎に戻ると梅野が部屋に訪ねて来た。
「小柴さんさぁ〜、捻挫じゃなくて足首の骨にヒビが入ってたんだってさぁ〜」
「え? じゃあ、しばらく乗れませんね。それにヒビなら、春香を呼べと言われても無理だったんですね」
「あぁ。あん時、スッゲェー痛そうだったもんなぁ〜。捻挫にしては大袈裟だなって俺も思ってたんだよなぁ〜」
病院でレントゲンを撮ってもらい処置をしてもらった小柴は、週末の騎乗をキャンセルして自宅に戻って行ったそうで、雄太は少しホッとした。
「ねぇ……。もしかして、誰でも助けなきゃ駄目なのかな? 私の事、冷たいって思う?」
思いっきり愛し合った後、雄太の胸に寄り添いながら心配そうな顔で春香は雄太に訊ねた。
「え? 春香が冷たいなら俺も冷たい人間って事になるぞ? 俺、春香が小柴さんに触るのでさえ嫌だって思ったし」
「ん〜。誰でも助けるなんて綺麗事、私には無理だなって思って。冷血とか言われても、私は誰でもは助けられない。嫌いな人に心を込めた施術なんて出来ないよ」
一般的には非難される事だろうと春香も分かっている。だが、無理な物は無理なのだ。特に『神の手』は精神的にも肉体的にも疲れるし、嫌だと言う感情を持ったままだと春香曰く『スイッチが入らない』のだ。
『神の手』が非常に繊細な物である以上、どう言われようが無理である。
(もし、小柴さんの為と言われても春香は『神の手』使えなかったんだろうな……。無理を言わなくて良かった……)
『神の手』を使って助けてくれる春香だが、それは人を選んでしまうのだと思うと、この先無理難題を吹っ掛けられたら面倒な事になりそうだと雄太は思った。
✤✤✤
週末、函館競馬場で雄太は二勝した。春香は精一杯応援をして、日曜日のレース終わりに雄太と梅野達と食事をして北海道の味覚を味わい、仕事をし始めて初めての夏休みを満喫した。
翌日、空港まで送って行った雄太は名残惜しさから抱き締めたくなったが必死で我慢をした。
(人目があるんだぞっ‼ 我慢しろっ‼ 俺っ‼)
「雄太くん、次のレースも頑張ってね」
「ああ。気を付けて帰るんだぞ?」
「うん」
仕方なくギュッと両手で握手をして、春香の乗った飛行機が見えなくなるまで見送った。
たくさんのお土産と雄太に会えた嬉しさを抱き締めて滋賀に戻った春香は、ご近所さんにお土産を配り歩き、翌日からまた仕事に励んだ。
(久し振りに雄太くんのレースも見られたし、初めての北海道……って言うには凄く狭い範囲だけど観光も出来たし良かったなぁ〜)
一緒に撮った写真を眺めながら、雄太の帰りを待つ春香。9月の二週目に阪神での騎乗依頼を受けた雄太は滋賀に帰れる日が待ち遠しかった。
(北海道競馬も良いけど、やっぱり春香に会いたくなるんだよな。体のメンテは春香が居ないと駄目だ……)
春香のマッサージは質が違うとつくづく思っていた。溜まりつつあった疲労が一気に吹き飛んだ気がして気分良くレースに挑めた。
梅野も純也も短時間ではあったが春香のマッサージを受けた。
「ありがとう、市村さん。助かる〜」
「本当、助かったよぉ〜。何か今期は北海道と小倉と福島を行ったり来たりしてて移動疲れしてたんだよねぇ〜」
二人っきりになりたい気持ちはあったが、何かと助けてくれる純也と梅野にも頑張って欲しいと、雄太は春香の泊まるホテルへ二人を呼んだ。
春香も快くマッサージを引き受けてくれて、四人でとる食事は最高に美味しかった。




