249話
十五歳十六歳と言う頃に、施術を受けられないと言う事実を認められず嫌味を言われたり、心無い噂に晒され、心に傷をおった春香が笑っている。
春香の体調等を考慮しない輩からの暴言を受けても自分を貫いた春香が笑っている。
(春香の強さ忘れてたな……)
拗ねて頬を膨らませたり泣き虫な処があるのに、歯を食いしばり立ち上がる強さを持った最愛の女性の笑顔がトゲトゲした心に優しい光を広げて癒してくれる。
「私、雄太くんが困ってたら地球の裏側だって行くよ。梅野さん、鈴掛さん、塩崎さんでもだよ。でも、頼んてきた人が嫌な人だったら一歩も動かないもん。私、気性難なんだから。見えない尻尾に赤いリボン着いてるんだからね」
ニッコリと笑う見た目が聖女な頑固者は思ってた以上に頑固者だと雄太も梅野も思った。
「その人は雄太くんに理不尽な意地悪してたから罰が当たったんだよ」
「そうかも知れないねぇ〜」
春香の言葉に梅野は笑いながら答えた。
「じゃあ、俺は宿舎に戻るよぉ〜」
笑いながらコーヒーを飲み干した梅野はスッと立ち上がって雄太を見た。
「久し振りに会ったんだし、ゆっくり食事でもしてから帰って来れば良いさぁ〜。じゃあね、市村さん〜」
「はい。また」
春香に頷いた梅野は雄太の返事も聞かずに手を振りながら部屋を出て行った。
(梅野さんに気を使わせてちゃったな)
雄太は申し訳ない気持ちを抱えながらチラリと春香を見た。一ヶ月以上離れていたのは付き合う前以来。そっと近付いて抱き締めた。春香も雄太の体をしっかりと回し顔を擦り寄せた。
「春香……。会いたかった……」
「うん。私も会いたかった」
久し振り過ぎてキスをするのも恥ずかしい気がしたが、一度二度と唇を合わせ思いっきり抱き締めた。
「全然会いに帰れなくてごめんな?」
「分かってる。だから、謝らないでね。お仕事なんだもん。でも、やっぱり会いたかったの」
「俺もだ。来てくれて本当に嬉しい」
お互いの体温が嬉しい。トクントクンと感じる鼓動でさえ愛しい。
『競馬馬鹿』と言われるぐらいの自分が、こんなにも惹かれ恋しく会いに帰りたくなる存在が腕の中で笑ってくれている事に胸がいっぱいになる。
(シタいけど……ゴムないや……)
普段は春香の家に常備してあるから持ち歩いてなかった。ラブホテルならまだしも、普通の観光ホテルにある訳もなく少し悩んだ。
(春香は、こっそりレース見て帰るって言ってたから持ってる訳もないし……)
「春香、ちょっと待っててくれる?」
「何?」
「ちょっとコンビニ行って来る」
その意味を察した春香は小さく頷いた。そして、いつもの小さなリュックを手に取った。
「これ、使って」
差し出したのは少し大き目のサングラスだった。
「パドックとかで雄太くんに見付かったりしたら困るって思って持って来たの」
差し出されたサングラスをかけてみる。女性用だから微妙にサイズが小さく感じたが気にする程ではなかった。
サングラスをかけ、ルームキーをポケットに入れて雄太は少し離れた所にあるコンビニに向かった。
(春香に会えた……。会いに来てくれた……)
北海道に来た事を関係者に知られれば、また非難されると知っているだろう。それでも『会いたかった』と言ってくれた。
雄太は借りたサングラスにそっと手をあてる。
(変装してでも見たかったって思ってくれたんだよな)
直樹達は、夏休みと言う長期の休みを与えたらきっと雄太に会いに行くだろうと思ったのだろう。
(淋しいって言ってくれて嬉しいんだ、俺。春香、物分りが良過ぎて俺に会いたいって思っても言ってくれなさそうだしな)
会いたいとしつこく言われても困るのは自分だと思っている。たが、淋しいと言って貰えなければ切ない。
(俺は自分勝手な奴だな……。でも……それでも春香と会えて嬉しいんだ。春香も会いたかったって言ってくれたんだ……。だから……それで良い)
雄太はコンビニでコンドームと飲み物数本買ってホテルへ戻った。




