248話
海沿いの方に向かって歩くと波の音と潮の香りがして、春香と行った和歌山を思い出す。
(春香ならどうしただろ……。やっぱり助けるかな……? 俺は器の小さい男だな……)
雄太にも後輩は出来た。だが、まだ先輩の方が圧倒的に多い。『先輩の小柴の為』と言われたら逆らう事が出来るとは思えなかった。だからこそ梅野はあの場から雄太を外に連れ出したのだ。
(春香に会いたい……)
情けない部分は見られたくない。けれど、春香の笑顔が思い浮かび切なさが胸に広がった。
「あ……雄太くん」
「え?」
観光ホテルの立ち並ぶ通り。フリルの付いた白いブラウスを着て見慣れたブラックジーンズを履き、キャリーバッグを引いた春香が立っていた。
「あ……声かけちゃった」
「あれぇ〜? 市村さん、どうしたのぉ〜?」
慌てたように顔を隠す春香に梅野が声をかけた。
「春香……どうして……」
雄太は驚きのあまり声が上擦った。京都や阪神ならまだしも、ここは函館競馬場の近くなのだ。春香が居るとは想像もしていなかった。
「直樹先生と里美先生が夏休みをくれたの。それで、雄太くんが走るの見たいなって思って……。今週末も函館競馬場だって教えてくれたし……。その……ごめんなさい……」
春香はそう言って俯いた。
「え? 何で謝るの?」
「雄太くんの気を散らすとかしたくなかったから、黙って来てレース見て帰るつもりだったの……。だから……」
雄太は自分が難しい顔をして歩いていたままの表情で春香を見ていた事に気付いた。
「あ……違うんだ。春香に怒ってる訳じゃなくて……その……」
「怒ってるから難しい顔をしてるんじゃないの?」
慌てる雄太の肩を叩き、梅野はニッコリと笑った。
「立ち話も何だしさぁ〜。市村さん、チェックインまだでしょ〜? ホテルは取ってるのぉ〜? 歩いてたって事は、もしかして飛び込みぃ〜?」
「あ、いえ。ここなんです。ちょっと観光してからバスで来たんです」
春香は直ぐ傍にある大きなホテルを指差した。
「急だったから、ここしか空いてなくて……」
直樹達から夏休みをと言われてからホテルを探したがどこも満室で、空いていたのはスイートルームかと思うくらいの大きな部屋しかなかったのだ。そんな部屋に一人と言うのもどうかと思ったが、雄太の姿を見る為ならと決めた部屋は広くて豪華だった。
ルームサービスでコーヒーとアイスティーを頼み、ゆっくりと海を見ながら梅野は宿舎での出来事を話した。
「そう……。そんな事が……」
「春香ならどうする……? やっぱり助けるか……?」
雄太と梅野が見詰めると春香はアイスティーのグラスをそっとテーブルに置いた。
「その人、雄太くんに意地悪してたんだよね?」
「まぁ……。そんな感じだねぇ〜」
黙っている雄太の代わりに梅野が答えた。
「私、そんな人は助けないよ?」
春香は当たり前と言った顔でキッパリと言い切った。驚いたのは雄太と梅野である。
「私、困ってる人を助けたいって気持ちはあるよ。でも、その人を助けるかどうかは自分で決めてる。助けたくても助けられない人もいるし、助けたくない人もいるよ。私、人間出来てないもん」
「そ……そう……なのか?」
驚きのあまりしどろもどろになる雄太に春香はニッコリと笑った。
「私を見下して来る人とか、無理難題言う人とか、直ぐ体を触って来たりする人なんて助けたくないもん。雄太くんに意地悪する人なんて一億円出すって言われても助けたくないし、触りたくもない」
満面の笑みを浮べながらもキッパリと拒否をする春香を見て、梅野がゲラゲラと笑い出した。
「焦ってたから忘れてたよぉ〜。市村さんって、仕事になるとはっきりキッパリ嫌な事には嫌って言う人だったぁ〜」
「そうですよ? 私、いつの間にか誰でも助ける聖女かのように言われてますけど、金の亡者とまで言われたぐらいに人を選んで施術してますからね」
『だから気にしなくて良いんだよ』と春香の笑顔が言っている気がした雄太だった。




