246話
春香は帰りの車の中で、小園健人と名乗った男の子の事を考えていた。
(雄太くんに憧れる男の子かぁ……。凄いな。あんな小さな子供でも勝負の世界に憧れるんだぁ……。将来を考えるんだな……)
自分の小学生の頃を思い出すと将来なんて考えた事もなかったなと思い、小さな健人が羨ましく思えた。それは、雄太に対しても思った事だと気付くと少し笑ってしまった。
(雄太くんもあのくらいの歳には騎手になりたいって思ったんだっけ? 元気な男の子って感じだったなぁ〜。多分、二年生か三年生ぐらいって感じだったし、十年くらいしたら騎手になるんだろうなぁ〜)
生意気な部分もあったが可愛い雰囲気もあり、雄太の話をすると雄太への憧れや騎手になりたい気持ちが伝わって来た。
(雄太くんも小学生の頃、あんな感じだったのかな? 塩崎さんもトレセンの中が遊び場だったって言ってたっけ)
かくれんぼをしたり、鬼ごっこをしたりしていたんだろうなと想像する。いたずらをして怒られた事もあると雄太も純也言っていたのを思い出す。
(小学生の雄太くんや塩崎さんかぁ……。見てみたかったかも)
きっと時間も忘れて元気に走り回っていたのだろうと思う。そして、やはりどうしているだろうかと思いはそこに辿り着く。
週休二日にしたいとは思ったが、予約が入っていたりして実現していなかった。
(雄太くんに会いたいな……。言えないけど……)
雄太の気を散らすような事はしたくない。レースに集中して欲しい。
その気持ちは大きいが、やはり会いたいと思ってしまう。力強い腕に抱き締められたいと思ってしまう。
(北海道……かぁ……。やっぱりこの辺より涼しいんだろうな……。美味しい物がいっぱいあるんだよね)
雄太は世界中の競馬場に連れて行ってくれると行っていた。それはいつか実現するだろうと思っている。だが、自分は日本の殆どを知らないでいるのだ。
日本各地の競馬場はどんな所なのだろうと考えてみた事も何度もあった。
(北海道で走る雄太くん見たいけど、私が行ったら悪く言う人も居るんだろうな……。我慢、我慢)
我慢しなきゃと思いつつも、心は遥か遠い北海道へと飛んでいた。
「春香の様子が変?」
「ああ。仕事してる時は良いんだが、それ以外はボンヤリしてる時が多いんだよ」
直樹と里美は、ベッドに入ってから春香の話しをしていた。
「今日も、施術終わりにボーッと空を見上げてたんだよな」
「それは鷹羽くんが遠征行って会えないから……でしょうね」
「だよなぁ……。仕事に支障はないから良いんだけどな」
直樹と里美は揃って春香の自宅の方向に視線をやる。
「きっと淋しいのね。仕事だと分かっていても、ずっと会えてないんだから」
「だろうな」
初めて恋をして、初恋が実り、その愛しい人とは離れ離れになっている。上手くやり過ごせないのは初めての恋だからと言うのもあるが、不器用な性格だからなのかもと直樹と里美は小さく溜め息を吐いた。
毎夜、電話で話していると言っていたし、手紙も届いていた。それでも、直接会えないのは淋しいだろうと思う。
「遠距離恋愛よりはマシだとは思うけどさ……。それでも淋しそうにしてる春を見てると俺の方がつらいんだよなぁ……」
里美がふふふと笑う。
「あ、今の笑いは『親バカ』って思った笑いだろ?」
「正解。でも、私も淋しそうな春香を見てるのはつらいわ。やっぱり笑顔でいて欲しいと思うもの」
「春が鷹羽くんの仕事を分かって付き合うって決めたって言った時に想像出来た事なんだけどな」
雄太からの告白の言葉にあった『地方で騎乗する事があったら、何日も滋賀に帰って来ない事もあります』が現状であり、春香は会いたい思いを胸に押し込めて我慢している。
「そうね……。私達が『行けば?』と言って春香が素直に北海道に行くとも思えないし……」
「ほんっとにあいつは頑固だからな」
「何か良い方法はないかしら?」
直樹と里美は遅くまで春香を雄太に会いに行かせる方法はないか話し合っていた。




