243話
雄太は7月の三週目からの函館開催の騎乗依頼をもらっていて北海道へと遠征に出掛けていた。
(俺、春香に付き合ってって言った時に俺の夢は淋しい思いさせるかもとか思ってたけど、俺が目茶苦茶淋しいじゃないかぁ……)
デートの時に撮った写真をミニアルバムに入れて持って来ていたが、それでも淋しいと思ってしまっていた。
(我慢、我慢。春香と結婚したいなら、今は我慢だ。我慢して頑張るんだ)
しかし、道路にうつる二つの影を眺めていると隣が春香じゃない事が淋しいと思ってしまう。
「なぁ、雄太」
「はい?」
並んで歩いていた鈴掛から声をかけられて雄太は顔を上げた。
「お前、毎週春香ちゃん家に泊まりで行ってんだよな?」
「え? はい。行ってますよ」
「それでよく春香ちゃんの身バレしてないよな。追いかけられるようになってそれなりになるだろ?」
春香の身バレは未だ東雲に来た一社だけ。直樹に聞かされた話と大株主が怖いからか分からないが表には出なかった。その後は、どの社も春香を特定出来ずにいた。
「細心の注意を払ってますから。帰る道を変えたりとか、店に寄って出入り口を変えて出たりとか」
「成る程な。まぁ、注目されてんのは仕方ないよな。でさ、さっきから後をつけられてんの気付いてるか?」
鈴掛は前を向いたまま、胸元で後ろを指差した。つけられているのは雄太も気付いていた。
「はい。本当しつこいですよね。買い物にまで付いて来るなんて……。俺の恋人が北海道まで来てるかもとか想像力が凄いですよ、本当に」
鈴掛にもバレないように小さく溜め息を吐く。
春香や理保に函館の名産品を送りたいと思い出かけたのだが、コソコソと後をつけられていた。
「お前の恋人を特定したら金一封なんだってさ。知り合いの記者が俺に訊いて来たから聞き返したらそう言ってたぞ」
「はあっ⁉ 何で俺の恋人に金が絡んでん来るんですかぁ……」
ガックリと脱力しそうになる。
「マスコミの連中、どれだけ探っても特定出来ないもんだから躍起になってんだろな。お前が立入りそうな所の年頃の女性や対談相手とかまで片っ端から当たってるみたいだぞ? しかも、全部歳下に絞ってな」
「それ、春香が聞いたら拗ねますね」
『大人っぽく見られたいの。せめて年相応』と言っている春香が聞いたらどれだけ盛大に拗ねるだろうかと思った。
しかも、髪を切った事で更に幼く見える事を気にしていると言う状況だ。
「春香に迷惑かけるのも嫌ですけど、直樹先生達に迷惑かけるのは嫌ですよ」
「そうだな。未来の義理の父母なんだしな」
鈴掛がニヤリと笑うと雄太もニッと笑った。
「勿論です。溺愛してる娘を奪う男に迷惑かけられちゃ雷の一発二発で済みませんからね」
「まぁ、お前が結婚する頃……二十代半ばまでには春香ちゃんだってバレるだろうけどな」
雄太の結婚宣言は、まだ慎一郎と理保しか知らない。信頼している鈴掛達には言っても良いかとは思っているが話せていないのが現状だ。
(鈴掛さん達は何て言うだろう? G1一つ獲ったぐらいじゃ早いって言われるのかなぁ……?)
梅野や純也は反対しないだろう。春香の父親モードに入る事のある鈴掛はどうだろうかと思う。
あれだけ春香との交際を反対していた調教師達も雄太に面と向かって言う事はなくなった。春香が大怪我をした事や話をした事も一因だろう。たまに、何か言いたげな様子を見せていたりするが。
「まぁいつになるか分からんけど、今は頑張るしかないよな。勝鞍上げて周りを認めさせろ」
「ですね」
「とは言え、簡単にはリーディングを抜かさせやしないからな?」
鈴掛は現在リーディング三位。抜かせそうで抜かせない。後少しだと思うとまた引き離される。
「俺、絶対抜かしますから。覚悟しておいてください」
「何だとぉ〜? クッソ生意気な奴ぅ〜」
鈴掛は、ニッと笑った雄太の頭をガシガシと撫でる。気が付いたら髪が伸び、丸坊主のザリザリした感触を味わえた頃が懐かしいなぁ〜と思った鈴掛だった。




