241話
中京の最終レースを終えた雄太は調整ルームで帰り支度をしていた。
(これで忘れ物はないな)
再度、部屋を見回し確認していると純也がジッと見ていた。
「何?」
「雄太、今日も市村さん家に泊まりだろ?」
「え? そうだけど?」
雄太が答えると純也が恨めしそうに見た後、ハァと大きな溜め息を吐いた。
「良いよなぁ〜」
「何が?」
「市村さんの料理とマッサージとエッチのフルセット」
「フ……フルセットって、お前……」
雄太の頬がピクピクと引きつる。
「まぁまぁ。純也は最終レースの後で観客の女の子から言われた事を気にして拗ねてるだけだからぁ〜」
いつの間にかバッグを肩に掛けた梅野が部屋に入って来ていた。
「そんなんじゃないっす」
そう言ったものの純也はプッと頬を膨らませていた。
「何て言われたんだよ?」
雄太が訊いてもプイっと横を向いた純也は答えようとしなかった。
「『塩崎さぁ〜ん』って呼ばれてサインかと思って喜んで近付いたら『これ鷹羽さんに渡してください』って花を渡されたんだよなぁ〜。それで渡した後『鷹羽さんって格好良いよねぇ〜』って行っちゃったんだよなぁ〜?」
「あ、さっきの花?」
雄太は二着だったので、さっさと引き上げていたから女の子達は渡しそびれたのだろう。
「一着の俺じゃなくて雄太にって何だよっ‼ 彼女が居るって宣言したのに女の子のファンが多いとか神様は不公平だっ‼」
「お……おう……」
純也はブンブンと両腕を上下させながら文句を垂れる。
「ソルだってファンの女の子いっぱい居るじゃないか」
「ファンの女の子も嬉しいけどっ‼ 俺は彼女が欲しいんだよっ‼」
思いっきり頬を膨らませながらブーブーと言う純也の頬を梅野が指でブニッと突く。
「そんな河豚みたいな顔してたら、せっかくのイケメンが台無しだぞぉ〜」
「ブホッ‼」
「彼女が欲しい欲しいって思ってばっかだと、ろくすっぽ内面を見ないまま付き合って『こんなはずじゃなかった』みたいな女に引っかかるんだからなぁ〜?」
梅野に言われ、ふと雄太の方を見た。外見だけが良く雄太の金目当てで付き合って今カノの春香を傷付けた雄太の元カノを思い出した。
「焦んなってぇ〜。良い女と巡り合いたけりゃガッつくなぁ〜」
「……ういっす」
頬の傷跡も目立たなくなり、心配をかけたお詫びだとたくさんの差し入れを持って寮に訪ねて来た春香は肘まであるブラウスを着ていた。
(今日は半袖でも暑いくらいなのに何で?)
そう思った純也は春香が帰った後、雄太に訊ねた。
「腕の傷跡がまだ目立つって気にしててさ。直樹先生のお兄さん、凄く綺麗に縫ってくれてたから春香が言う程に目立ってないんだけど……」
雄太が悲しそうな顔をしていたのを思い出した。
(ミナの奴、おっちゃんを殺すつもりだったとか、市村さんを傷付けただけでなく、雄太を傷付けたんだよな……。あいつは雄太を金ヅルとしか見てなかったんだよな……。俺は、ちゃんと内面の良い彼女を探そう……)
そうは思っても純也も本気で彼女が欲しい年頃。元々モテる梅野だけでなく雄太に黄色い声援が送られているのを目の当たりにすると羨ましいのだ。
「見てろよぉ〜っ‼ その内、雄太が羨ましがるような彼女を作ってやるからなっ‼」
雄太にミナの事を思い出させてしまったかもと心配になった純也はわざと大きな声で宣言をした。
「は? そんなの無理だろ?」
「んだとぉ〜っ⁉ 俺は雄太よかイケメンだしチャンスはあるぞっ‼」
ビシッと指差して言う純也に雄太はニヤリと笑った。
「じゃなくて、春香より良い女なんて世界中探しても居る訳ないからな。俺がソルを羨ましがるなんてないんだよ」
「ムキィーっ‼ さっさと帰れぇ〜っ‼ ヤリ過ぎて干からびろぉ〜っ‼」
「ふふ〜ん。今日は世界一の彼女の春香が唐揚げ作って待っててくれてるんだ。んじゃな〜」
雄太はゲラゲラと笑いながら部屋を後にした。純也の誤魔化した宣言はバレバレだったが雄太は何も言わずにいた。




