第10章 雄太の未来と春香の未来 237話
雄太が『G1を獲ったら結婚する』と宣言をしてから後、重賞こそ勝鞍はなかったが順調に勝鞍を積み上げ、通算百勝を達成した。
日曜日のレース終わりに春香の自宅で過ごす事も変わらずで、しっかりとマッサージを受け癒されていた。
(オークスもダービーも勝てなかったなぁ……。掲示板入りはしたけど。もっともっと頑張るぞっ‼)
そんな決心を固めた6月10日の夜。
「雄太くん。夏になったら九州か北海道に行くんだよね? もう決まった?」
たっぷりと愛されピンクに染まった頬をした春香が、肘枕で寝転び春香の髪を撫でている雄太に訊ねた。
「ん? 週末は阪神だよ。宝塚記念に出るんだ」
「宝塚記念? G1だよね」
「ああ」
雄太は短く答えると春香の柔らかな胸に顔を寄せた。
トクントクン
まだ少しだけ速い胸の鼓動が聞こえる。
(G1……まだ遠いのかな……。早く春香にプロポーズしたいのに……)
雄太の決意は、まだ春香には伝えていなかった。
(G1獲るまで内緒だ、内緒。期待させてずっと獲れなかったら可哀想だしな)
顔を寄せていた胸にそっと手を伸ばしキスをする。
「ん……あ……」
甘い声に誘われて段々とキスが深くなる。
「もう一回良い?」
「今日は、もう三回……ん……」
甘くとろけるような夜を過ごし、雄太の春香チャージは満タンになった。
翌朝
「雄太くん。今日はどこか出かける予定してた?」
「ん? どこか行きたい所でも出来た?」
軽く朝食を取りながら春香は雄太に訊ねた。これと言って予定を決めてない日は、朝起きてから考える事にしている。
春香が言い出すと言う事は行きたい所があると言う事だと理解出来る。
「うん。遠くじゃないし行きたいなぁ〜って思ってる所があるの」
「んじゃ、そこに行くかぁ〜」
「じゃあ、行きは私が運転するね」
春香はニコニコと笑っている。最近は雄太が運転する事が多くなっていたのに春香が自分で運転すると言う。
「行き先、内緒?」
「うん」
行き先が内緒も楽しいかもと雄太は思い二人は出かけた。
春香は京滋バイパスに乗り京都方面に向かう。
(京都方面……? どこに向かってるんだろ?)
運転している春香はニコニコとしながら話していた。雄太は京都競馬場に行く時に使っている道なので見慣れた景色と春香の横顔を見ながら話していた。
「え? ここって……」
「雄太くんのG1の優勝祈願したくって」
春香が向かっていたのは滋賀から見ると京都競馬場の手前にある藤森神社だった。
(俺の優勝祈願……。春香、俺がプロポーズするって言うの知らないはず……。ただ単にG1勝って欲しいって思ったんだよな?)
藤森神社は馬に関わりのある神社であるから、騎手達も多く訪れている。
春香とゆっくり境内に入り歩いていると、平日にも関わらずそれなりに人は居た。その中の数人は雄太を振り返って見ていた。
(雄太くん、有名になったんだなぁ……)
何人もの人が振り返って雄太を見ているのに春香は気付いた。人に見られては困るかと思って繋いでいた手を離した。
春香が手を離した事に気付いた雄太は、春香の手を取り自分の腕に絡めさせた。
「堂々としようって言ったろ?」
「けどぉ……。腕を組んで歩くの?」
「恥ずかしい? 俺は嬉しい」
雄太はニッコリと笑った。その笑顔につられて春香も笑った。
「春香は俺の女性ファンに妬いてる時あるけど、俺だって先輩とかが春香を可愛い可愛いって言うから妬いてんだぞ? 先輩達、直ぐ『お前には勿体無い』とか言うんだよな。だから、ちゃんと春香は俺の彼女だぞってアピールしておかないと」
「そうなの?」
春香が雄太を見上げて不思議そうな顔をする。上目遣いになると可愛さマシマシになる事を気付いてない春香の手をしっかりと押さえた。
「そうなんだよ。だから、今日は腕組んで歩こう」
「うん」
雄太と春香は紫陽花の咲いている境内の人々の注目を浴びまくっていた。




