232話
翌週水曜日
春香は重幸の病院で抜糸をしてもらい、重幸から『二度と無茶をするなよ』と改めてお小言を喰らってタクシーで帰宅した。
重幸は毎日消毒に訪れていた春香としばらく会えなくなるかと思い少々凹んでいた。はっきり言って伯父馬鹿である。
(この傷跡、いつ消えるんだろう……)
左二の腕に残る約20cmの傷跡。頬の傷は浅く、縫合していなかったので消えるのは早いと言われたが、腕の傷跡はやはり気になった。
(気にしないでって言ったけど、雄太くんが見たらやっぱり気になっちゃうよね……。袖が長目の半袖ってあったかな?)
華やかな桜の季節は過ぎ、初夏と言われる時期はもう直ぐだ。上着を羽織れば暑いだろうと悩む。
クローゼットの中の夏物をしまっている引き出しを開け取り出すが、肘近くまでの半袖はなかった。
(仕方ないな。散歩がてら買いに行こうっと。見付からなかったら通販でも良いし)
夕方、春香の自宅を訪れた雄太は頬のガーゼも外れ腕を吊っていない春香をしっかりと抱き締めた。そして、慌てて腕を緩めた。
「あ……痛くなかった?」
「大丈夫だってばぁ〜」
その言葉を受け、もう一度しっかりと抱き締めてキスをした。しっかりと自分の背に回された春香の両腕を感じる。
(うん……。大丈夫みたいだ……。ちゃんと俺の体を抱いてくれてる……)
春香が『大丈夫』と言っても、重幸が『大丈夫』と言っても、神経に傷が付いていて腕が動かなくなってはいないか等と不安がつのっていた。
月曜日、病院に消毒しに連れて行った時、重幸から
「神経は切れてないし、傷跡は残るが一生傷じゃない。ただ、カッターナイフは怖がるかも知れない。心的外傷後ストレス障害には気を配ってやってくれ。後っ‼ 今度、春香に何かあったら……覚えておけよ? 俺は直樹より根に持つぞ?」
とニッコリと笑いながら釘を刺された。
(目っ‼ 目の奥が笑ってないからっ‼)
雄太がピクピクと顔を引きつらせながら笑っている処に春香がやって来て
「あっ‼ 重幸伯父さん、雄太くんいじめたでしょっ⁉ 雄太くんいじめたら二度とマッサージしないからねっ⁉」
と春香が言って頬を膨らませた。
直樹と違って強面の重幸も春香には弱いらしく、アタフタと言い訳をしていたのが雄太的にツボだった。
(見た目は全然違うのに反応は直樹先生と一緒だよなぁ……)
雄太が帰宅し、直樹達が仕事終わりに春香の自宅を訪れた。
「あのな、鷹羽くんのお父さんから連絡があったんだ。春に話があるから会えないかって。どうする?」
「どうするって……。会うよ。雄太くんのお父さんなんだし」
直樹の顔がスッと曇る。春香を良く思っていない相手と話す事がどれだけストレスになるかと思うと心配でたまらなくなるのだ。
「何を言われるか分からないんだぞ? 確かに春が庇った事で心象が前より悪くなったとは思えないが……」
「分かってる……。けど、いずれちゃんと会って話さないといけないって思ってたから」
確かにずっと会わずにいられる訳ではない。それは、春香も直樹達も分かっていた事である。
「お付き合いを反対されてたのは……正直つらかった……。別れたように見せかける事もしちゃった。でも、やっぱり雄太くんのお父さんなんだから、ちゃんと話したい。雄太くんと夢を追いかけたいから」
人と争う事を避けたがるのは変わってはいない。ただ、雄太と出会い心を重ね共に歩むと誓ってから、春香は強さを身に付けたと直樹も里美も思った。
(頑固娘が……)
(恋をして強くなったのね……)
直樹はハァと溜め息を吐いてバリバリと頭を掻いた。
「分かった。俺も行く。春の父親として、ここの主として言いたい事があるし。てか、まだ一人で運転させらんないんだからな」
「うん。ありがとう、直樹先生。運転手してね」
「ああ」
初めてきちんと雄太の父親と話をすると言う事に不安がない訳ではない。
だが、雄太と共に歩む事、夢を追いかける事を諦める気にはさらさらならない春香だった。




