231話
いつもなら日曜日は必ず泊まりで春香の自宅に居たが、帰った方が良いかと考えていた。
(春香の怪我が治るまでエッチするつもりはないけど、泊まったら直樹先生に怒られそうだよなぁ……)
そんな事をボンヤリ考えながらコーヒーを飲んでいると、春香が雄太の着替えを準備して寝室から出て来た。
「お風呂の準備して来るからちょっと待っててね」
「え? 風呂? 泊まっても良いのか?」
雄太が訊くと春香が立ち止まった。雄太の着替えを持ったまま、首をちょこんと傾げた状態で
「え? 帰っちゃうの?」
と言ったのだ。
(ぐはぁっ‼ そ……そんな可愛い事を言わないでくれぇ〜)
コーヒーを飲み終わったら寮に帰った方が良いかと思っていた決心は脆くも崩れ去った。
雄太はソファーから立ち上がり、春香の頭を撫でた。
「俺が自分でするから春香は座ってて」
「うん」
「春香、風呂は?」
「夕方、里美先生と一緒に入って体を洗ってもらったから」
「そっか」
(一緒に寝るだけでも幸せなんだよな。あの日、春香が居なくなるかも知れないってマジで思ったんだから……)
あの日あの場に居た鈴掛は後日
「俺の寿命は十年は縮んだかも知れん……」
と真剣に言っていた。
かなりの出血をしていた春香が気を失って崩れ落ちたのだから、もしやと思い血の気が引いても致し方ないだろう。
雄太はバスタブの栓をして湯張りボタンを押す。勢い良く出て来た湯を眺めながら先程の春香の言葉を思い出して小さく笑った。
(春香が泊まって欲しいって言うんだからな。寝るまでゆっくり話そう)
春香はソファーに座って先程の自分の発言を顔を赤くして反省していた。
(あんな事言うつもりなかったのにぃ……。雄太くんにエッチな子だって思われてない? 大丈夫かな……? 一緒に居たかっただけなのにぃ……。言い方が変だったかも……)
春香の中ではエッチな女の子は嫌われると思っていた。そして、雄太もエッチな男だと春香に嫌われると思っていた。
ヤル事やってんだから良いじゃん……とならない二人は相変わらずどこかズレているままだった。
(はぁ〜。やっぱりここの風呂は良いよなぁ……)
ゆっくりと手足を伸ばしてバスピローに頭を乗せて目を閉じる。
春香に見せられた御守りの傷。カッターナイフの切っ先が御守りに阻まれ傷が浅かったと聞いてもやはりミナへの怒りは収まらない。
(もし……春香の腕が動かなくなってたら、俺は絶対ミナの事を許せなかったな……。今でも許せないけど……。一生許すつもりはない……)
春香は自分を許してあげてと雄太に言った。でも、ミナを許せとは言わなかった。春香は雄太を敵視したり危害を加える人間に優しくしないと言う激しい面があるので、雄太を傷付けたミナを一生許さないと思っている事を雄太は知らない。
(春香がミナに慰謝料請求したら払えるのか……? 慰謝料と休んだ日の分の休業補償を請求出来るっぽい話をしてる人がいたけど……。春香が一ヶ月休んだとしていくらになるか分からないけど、東雲マッサージ店としてもかなりの減収だよな? 直樹先生は請求しそうだよなぁ……。大事な娘を傷付けた奴は許さないって言ってたし。ミナは未成年だけど就職してるっぽい事を言ってたから分割? それでも、春香の一ヶ月の収入分を支払うのにどれだけかかるんだろな? 親が支払うのかな……?)
さすがに雄太はそう言う事に詳しい訳ではないし、慰謝料請求するとしても怪我を負わされた春香と春香が休む事で損益が出る東雲マッサージ店だけだから分からなかった。
(あ〜。そう言えば父さんも怪我したと言えばしたんだよな……)
雄太は我が父の怪我を忘れていた。慎一郎が聞いたら唖然とするか、怒るのではないかとは思ったが冷戦状態の雄太としては春香の事で頭がいっぱいだった。
後日、東雲マッサージ店と春香は慰謝料等を請求し、ミナの両親は自宅を売りに出し支払いにあて、ミナを連れて滋賀を離れた。




