228話
部屋に戻り大きな寿司桶をテーブルに置いた。
(立派な寿司桶だなぁ……。春香のお見舞いって言うには量が多過ぎやしないか?)
どう見ても春香一人じゃ食べ切れないだろうと思う数の様々な握り寿司や見た事もない寿司が並んでいた。
「お茶淹れるね〜」
「あ、手伝うよ」
「うん」
お茶を準備してラップを剥がして行く。
(おぉ……。これって本物のバランの葉じゃないか)
慎一郎に連れられ行った寿司屋で覚えたバランの葉。そこの大将が包丁の先を使って切っているの見て、職種は違えどプロの仕事は凄いと感動したのを思い出した。
「雄太くん、どれでも好きなの食べて良いよ」
「春香のお見舞いなんだし、春香が好きなの食べなきゃ」
「ん? あ、これ全部私が好きなネタばっかりだよ」
大将が春香が好きなネタだけの豪華盛り合わせにしてくれたようだ。
「そうなんだ。これは?」
「これは手毬寿司。可愛いでしょ?」
丸くて小さな可愛い手毬寿司を雄太は見た事がなかった。エビや玉子で酢飯の表面をグルリと覆っていて茹でた三つ葉で手毬のようにしてあった。
「私ね、生のお魚の握り寿司って食べた事がなかったの。でね、初めてお店に連れてってもらった時に大将が手毬寿司を作ってくれたんだぁ〜」
虐待されていた春香が握り寿司等を食べさせてもらっていたとは思えなかったし、面倒を見てくれていた祖母も裕福ではなかったと聞いた。そう言う過去の話をサラリと話してくれるようになったのだなと雄太は思った。
「そうだったんだな。じゃあ、この手毬寿司、俺が食べて良いか? 初めてだしさ」
「うん。私は赤海老にしよっと」
豪華な見舞いの寿司はどれも美味しく、二人で堪能した。
「ねぇ、雄太くん」
「ん?」
食後、ゆっくりとソファーで話している時、春香が雄太をジッと見詰めた。
「あの花束、意味知ってて買って来てくれたの?」
「え……。あ……うん」
雄太の頬が少し赤くなった。
ピンクの薔薇の花言葉には『愛の誓い』や『可愛い人』と言うのがある。そして、十一本と言うのは『最愛』。かすみ草には『感謝』と言う意味がある。
「ありがとう。嬉しいな」
春香はそっと雄太の胸に頭を預けた。その春香の髪を撫でる雄太の手は大きくて骨張ってはいるが優しい。
出会った頃より男らしい顔付きになった雄太。優しい声や大切そうに抱き締めてくれる腕も筋肉質の胸も好きだと思って目を閉じて寄り添った。
「私……雄太くんのお嫁さんになりたいな……。ずっとずっと傍に居たい……」
「ん? 何か言った?」
「ううん。何でもないよ」
雄太には聞こえない小さな小さな声だったが、初めて雄太との将来を口にしてみた。
(き……聞こえてなくて良かった……。恥ずかしいもん)
もし雄太に聞こえていたらどんな反応が返って来ただろうかと思った。
(雄太くん、まだ十九歳になって少ししか経ってないもんね。男の人はまだまだ結婚なんて考えてないだろうし……。いつか雄太くんのお嫁さんになって、毎日ご飯作ってあげてマッサージしてあげて……一緒に寝……うきゃぁ〜〜〜っ‼)
一人で想像して顔を赤くしてる春香を雄太は眺めていた。
(春香、何を考えてんだ? さっきから一人でわちゃわちゃしてんだけど……?)
左腕の事を考えてそっとしか抱き締めてない腕の中で、春香は顔を赤くしては雄太の胸に顔を押し付けたり首を横に振ったりと忙しくしていた。
「じゃあ、また明日来るよ」
「うん。疲れてるなって思ったら無理しないでね?」
「分かってるよ」
7時半になり名残惜しいが雄太は帰る準備をした。玄関先でも繋いだ手を離せずにいた。
「明日も頑張れるようにパワーくれる?」
「うん」
春香は背伸びをしてキスをする。雄太はその体を抱き締めて
(早く治ると良いな……。傷跡も少しでも早く消えると良いな……)
と一日も早い完治を祈った。
週末は桜花賞。出来る事なら優勝をして春香に元気を届けたいと思った雄太だった。




