227話
「俺も会いたかった。昨日も会ったけどな」
「だねぇ〜」
いたずらっ子のように笑う春香を見ていると
(本当、癒されるよなぁ〜)
と思った。
上手く荷物と自分の体で隠していた花を差し出すと春香の顔がパァッと輝いた。
「わぁ、ありがとう。嬉しい〜。綺麗だね〜」
その笑顔が嬉しくて軽くキスをすると、昨日まで不揃いだった髪が綺麗に切り揃えられているのに気が付いた。その視線に気付いた春香が右手で髪を押さえながら笑う。
「朝から近所の美容院に行ってカットしてもらったの。大人っぽく見えるようにってお願いしたのに、なぜか子供っぽくなっちゃったんだよね」
靴を脱いで初めて見るショートヘアの春香の隣に並んでリビングに向かった。
「可愛いよ。あ……アイス溶ける前に冷凍庫に入れておくな?」
「うわぁ〜。アイス嬉しい〜」
冷蔵庫に向かおうとした雄太は振り返り唖然として立ち止まった。リビングの奥が花畑のようになっていたのだ。
「な……何……? これ……」
「え? あぁ、ご近所さんからのお見舞いなの。私がこの状態で美容院に歩いて行くの見てらしたようなのよね」
「そうなんだ」
話しながら冷凍庫にアイスを入れ、牛乳を入れようと冷蔵室を開けるとケーキの箱やプリンが入っていた。
(どれだけご近所さんに愛されてんだよ)
雄太は腕を吊っている春香を見て、お見舞いの品を手に訪ねて来る方々を想像して笑った。
(本当は笑っていられない事なんだよな……。俺にも責任がある事で怪我させちゃったんだし。けど、春香が笑ってくれてるのが嬉しいんだ。これからはちゃんと自分の行動に気を付けなきゃな)
雄太はイチゴを野菜室にしまうと春香の傍に戻り、もう一度抱き締めた。春香も雄太の背中に右腕を回して甘える。
「あ、あのね。もう少ししたらお寿司が届くの」
「お寿司?」
「うん。年越し蕎麦を分けてくれたお寿司屋さんがね、皆と違う物を届けるからなって言ってくれたの。で、夕飯にお寿司を届けたいけど、開店前になるから少し早い時間だけど大丈夫かって。雄太くんが来てくれるから丁度良いなぁって思って」
春香が腕を使えなくて家事が出来ないと言う事もあっての寿司だろう。
「あ、雄太くん。このお花は寝室に飾りたいな」
「花瓶はどこ?」
「こっち〜」
二人で洗面所に行き、花瓶を出して寝室に花を飾る。春香はニコニコと笑いながらずっと花を見詰めていた。
しばらく話しているとインターホンが鳴った。
「あ、お寿司屋さんだよ」
「俺も着いて行くよ。片手じゃ持てないだろ?」
「うん」
外廊下の門扉の所に行くと、寿司桶を持ったいかにも職人といった白衣を着た初老の男性が待っていてくれた。
雄太が門扉を開けると
「え? ……鷹羽雄太……だよな? 騎手の」
と驚いた顔で訊ねられた。
「はい」
「私の大切な人なの。内緒ね?」
雄太が笑顔で答え、春香が右手の人差し指を口元にあてシィーっと言うジェスチャーをすると大将はニカッと笑って二人を見た。
「安心しな。うちも客商売やってんだ。客のプライベートな事は口外しねぇよ。しかも、可愛い春ちゃんの大事な人の事だ。俺の秘密にしておくよ」
「ありがとうございます。あ、年越し蕎麦美味しかったです」
雄太が答えると大将は驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。
「あれも食ってくれたのか。俺、あんたのファンなんだ。握手してもらっても良いか?」
「はい。喜んで」
大将は寿司桶を左手に持ち替え雄太と握手をした。
「ありがとな。んじゃ、ゆっくり食ってくれ。足りなかったら電話してくんだぞ? 春ちゃん」
「うん。ありがとう、おじさん」
大将はちょいちょいと手招きをして雄太を呼び、耳元で
「春ちゃんを幸せにしてやってくれよ」
と言った。
「もちろんです」
と雄太は答え寿司桶を受け取った。
大将から手渡された寿司桶はズッシリと重かった。
(大将の愛の重さだなぁ〜)
春香が本当に皆に可愛がられているのを感じた雄太だった。




