224話
「雄太くん、私の事好き……? 傷跡があっても……髪が短くなっても……好きでいてくれる?」
「好きだよ。大好きだ。春香は春香だから」
春香の目から涙が溢れ、雄太はそっと指で拭った。
「他の女の人にヤキモチ妬いてしまう私でも……好き……?」
「俺も妬く。みっともないぐらい妬く。そんな俺でも好きでいてくれるのか……?」
「うん。私は雄太くんが好き。大好き。私を大切にしてくれる優しい雄太くんが好き。真剣に競馬に向き合って頑張ってる雄太くんが大好き」
「春香……」
雄太は傷口と点滴や輸血のチューブを避けながら春香を抱き締めた。春香も右腕を雄太の背中に回し抱き締めた。
「ありがとう……春香……」
「雄太くんも私の過去を受け入れてくれたじゃない。まだ大人になり切れてなくて子供っぽいヤキモチを妬く私を好きでいてくれるじゃない。ありがとう、雄太くん」
長くて綺麗な髪は短くなってしまった。いつ消えるか分からない傷を負ってしまった。心にも深い深い傷を負ってしまったはず。それでも、好きな気持ちは変わらないと言う春香が愛しかった。
(春香は自分の過去を受け入れてくれたって言うけど、春香の過去は春香に責任がある訳じゃない……。俺の過去は俺にも責任があったんだ……。それなのに受け入れてくれたんだ……。許してくれたんだ……。こんなにも傷付いたのに……)
雄太は短くなった春香の髪を撫でた。
「えっと……ね。その……キスして欲しいな」
抱き合った状態で春香は小さな声で言った。
雄太が体を離すと頬を赤らめながら笑っている春香が居た。
「駄目……?」
「駄目な訳ないだろ?」
そっとキスをして、再び抱き締めた。
(俺……マジで春香に敵わないや……)
「ねぇ、雄太くんのお父さんの足は大丈夫だった?」
「え? ああ。軽く捻った程度で、病院で湿布してもらっただけで済んだよ」
「そう。良かった」
大怪我をした春香と軽い捻挫の慎一郎以外、誰一人怪我をした人間は居なかった。
あの場に出食わした者は皆、春香の心配をしていて無事を祈っていてくれた。
「そう言えば、どうしてここに搬送されたのが分かったの? 救急病院はここだけじゃないし、搬送先が栗東じゃないから分からなかったでしょ?」
「うん? ああ、直樹先生が寮に電話してくれたんだって。『鈴掛さんか梅野さんか塩崎くんは居ますか』って。で、ソルが居たからここを教えて、寮に帰った俺に教えてくれたんだ」
春香が怪我をした時、純也は日課のランニングに出ていた。事情を全く知らずにいた為に腰を抜かす程に驚いたと言っていた。
シャワーを浴び食堂で何か食べようかと思っていた純也が、先輩達がピリピリした雰囲気でヒソヒソ話していたのを見ていた時に直樹から電話で話を聞いたと言う。
「そっかぁ……。辰野さんは?」
「調教師は鈴掛さんが自宅まで送って行ったって。てか、一番の怪我人は春香だぞ? 人の心配してないで早く元気になってくれよな?」
「そうだね」
苦笑いを浮かべた春香に再びキスをする。
「週末、頑張ってね? 雄太くんなら大丈夫だと思うけど、私の事を気にして下手な乗り方しないでね?」
「ああ。レースの時だけは春香の事を考えないよ。冷たい男だとか酷い男だって思われても、な」
「そんな事は思わないよ。雄太くんには後悔するような騎乗はして欲しくないもん。しばらくマッサージは出来ないから気を付けてね?」
「ああ」
抱き締めていると感じる春香の鼓動。背中に回された腕の温もり。生きている証。
そして自分よりも雄太の事を思い笑ってくれている春香。
(春香が生きていてくれて良かった……。春香を失わずに済んで良かった……。もう会いたくないと思われても……春香が生きていてくれたらそれで良いって思った……。それでも、俺は欲張りなんだ。春香と離れたくない……。春香と歩んで行きたい……)
怪我をさせてしまった責任感ではなく、春香の傍に居たいと雄太は強く強く思った。




