222話
雄太と慎一郎は警察に事情を訊かれていた。雄太としては一刻も早く春香の元に駆け付けたかったがそうもいかなかった。
ミナとの関係等を話す事は苦痛でしかなかったが、順を追って話し質問された事に答えていた。
(春香……。大丈夫だよな……?)
何度も何度も春香の泣き顔が頭に浮かんだ。腕や頬の傷もだが、心の傷は深いだろうと思うと、この先の事が不安になった。
よりにもよって自分の元カノに『男を取った』『浮気相手』『不純異性交遊』『捨てられる』などと言われたのだ。
(春香……。春香はどう思った……? 俺の事……汚い奴だと思ったか……? もう……もう、会ってくれないかも知れない……)
自分の無事を喜んでくれてはいたが、冷静になって思い出せばどう思うだろうかと不安が押し寄せた。
雄太の心は乱れに乱れていた。
「ん……」
「春、気が付いたか?」
春香がゆっくりと目を開けると、真っ白な天井と心配そうな直樹の顔が見えた。
「お父さん……。ここは……重幸伯父さんの病院……?」
「ああ。救急隊の人に言って兄さんの病院に搬送してもらった」
直樹の兄の重幸は、直樹の実家の病院を継いでいる。
「そっか……。重幸伯父さん、ビックリしてたでしょ……?」
「怒ってたぞ? 『嫁入り前の娘が大きな傷を作ってっ‼』ってな。またマッサージしてご機嫌とらなきゃだな」
「うん」
春香を養女にする事を反対していた重幸だったが、一生懸命に生きる姿や仕事への向き合い方を見聞きしている内に、春香を娘のように可愛がるようになっていた。
「お前は本当に無茶をする。寿命が縮んだぞ」
直樹は深い溜め息を吐いた。
「ごめんなさ……痛っ」
「そりゃ痛いさ。麻酔も切れてる時間だしな。それに何針縫ったと思ってるんだ? 兄さんじゃないけど、嫁入り前の娘のやる事じゃないぞ?」
「私、お嫁に行っても良いんだ?」
痛みに顔をしかめた後、春香は直樹を見て小さく笑った。
「行かせないって言ったらどうする? 行かないか?」
「行かせないって言うの?」
「ロクでもない男に嫁がせるつもりはないぞ? 浮気をしたり、借金をしたり、働きもしないヒモ男と結婚させて苦労させるくらいなら一生嫁にはやらないからな」
笑って話してはいるが直樹の目は真剣だった。
「雄太くんは……?」
「……春は、あの女の子の言った事どう思ったんだ?」
「うん……。正直……ショックだった……」
直樹はジッと春香を見詰めた。
「でもね……。あの女の子との事って中学生の時の話でしょ? 私、雄太くんに過去がないとか思ってないし……彼女がいたとしてもおかしいなんて思わないよ」
「でも、中学生で……だぞ?」
直樹が何を言いたいのか春香は理解が出来た。父親として当然だろうと。
「……うん。だとしても……ちゃんと雄太くんと話したい……」
「受け止められるのか……?」
直樹は春香の髪を撫でた。ミナに切られた髪はまだきちんと切り揃えられておらず長さがまちまちで直樹は胸を痛めた。
「私は今の雄太くんが好き。そりゃね……、中学生で何十人もの女の子と……って言うのはさすがに嫌だけど……。雄太くんは絶対そんな人じゃない。私は、雄太くんを信じてるから……」
春香はそう言って直樹を見た。その瞳は雄太を信じていると言った言葉通り強く優しかった。
「そうか。信じてる……か」
「うん」
「だ、そうだぞ」
「え?」
春香が直樹の見ている方向に視線を向けると、ベッドの周囲に掛かっているクリーム色のカーテンが揺れた。
カーテンが少し開いて姿を見せたのは雄太だった。
「雄太くん……。いつから……」
「ずっと……な。春が目を覚ます30分くらい前から居たよ」
雄太は少し俯きながらもベッドに近付いた。
(春香……)
左の二の腕に巻かれた包帯。左頬に貼られた大きなガーゼ。頬から流れた血液で気が付かなかったが唇の端も少し切れていた。
そんな春香の姿に、雄太は何も言えなくなってしまった。




