220話
「あなたは何の為にこんな事をしてるの?」
春香はミナの注意が他に向かないように話しかけながら、慎一郎や雄太の方から気取られないように少しずつ離れた。
「何で? あんたと雄太が幸せそうにしてんのが気に入らないんだよ」
「え?」
「あんた、雄太の稼いだ賞金で良い思いしてんだろ? 本当なら、その相手はあたしだったのにさっ‼」
再びミナはカッターナイフを振り回したが、春香は上手く避けた。
「それはどう言う……」
「あのクソ親父が学校で大騒ぎしたからさっ‼ その所為であたしは第一志望の学校にも行けずっ‼ 就職だってロクな所にも行けなかったっ‼」
ミナは、そう叫ぶと慎一郎の方を見た。自分が春香に誘導され慎一郎から離された事に気付いた。
足を痛めたのか慎一郎は数人の人達に抱き起こされていた。
「あんたが悪いんだっ‼ 全部っ‼ 全部っ‼」
ミナは慎一郎の方に向かって走り出した。春香はそれを追い、ポケットから取り出したキーケースを盾にしながら慎一郎を庇った。
「止めろっ‼ ミナっ‼」
雄太の叫びが虚しく響いた。
ミナの振り下ろしたカッターナイフはキーケースに当たりながらも春香の左上腕部を切り裂いた。
「ッ……っ‼ 逃げ……て……ください……」
「だが……君は……」
「あなたに……何かあったら……雄太くんが悲しみます……」
春香に庇われた慎一郎の足の上に、ボタボタと血が滴り落ちた。
ミナは今度は雄太へ向かおうとした。
「行かせ……ないっ‼」
春香はミナの足に縋り付いたが、ミナは春香を足蹴にした。だが、春香はフラフラと立ち上がりミナの右手首を掴んだ。
「離せよっ‼ クソ女っ‼」
「離さ……ない」
ミナのカッターナイフを持っている右手が春香によって封じられたと見た人達がミナを取り押さえようと近付こうとしたのだが、ミナは春香を振り回し地面へと叩き付けた。
そして、春香の髪を掴んでカッターナイフを突き付け、それを見た人々の足が止まった。
「ウザい女だね。あんたに良い事を教えてやるよ。雄太はね、今でもあたしの男だよ。あんたは浮気相手なんだ」
「え……?」
ミナの言葉が深く鋭く春香の心を傷付けた。
「私が……浮気相手……?」
髪を掴まれた状態で春香は雄太を見た。雄太は直樹に羽交い締めにされながら目を大きく見開いていた。
「そうだよ。あのクソ親父の所為で一旦距離を取っただけだよ」
ミナはニヤリと厭らしく笑いながら雄太を見て、助け起こされている慎一郎を睨み付けた。
「違うっ‼ お前が別れるって言ったんじゃないかっ‼」
ミナの言葉に雄太の怒りが増幅し、直樹だけでは押さえ切れなくなったのだろう。鈴掛も雄太を押さえに入った。
「別れようって言われても引き止めるのが男だろ?」
「勝手な事を言うなっ‼」
初めて激怒している雄太を見た春香だが、何とかミナの手から逃れられないか考え動きを注視していた。
「そもそも、あんたの親父が不純異性交遊だなんて学校に怒鳴り込んだのが悪いんじゃないかっ‼」
「不純異性交遊……? 雄太くんが……?」
話からして雄太とミナと言う女の子が過去に付き合っていたのだろうとは分かった。中学を卒業した雄太は競馬学校で寮に入っていたから、ミナと付き合っていたのは中学の時だと推測は出来ていた。
しかし、中学生だった雄太とミナが不純異性交遊と言われる関係だったのかと思うと、出血の所為もあったのだろう。春香の全身からフゥと力が抜けた。
(春香っ‼)
いつか話した方が良いだろうと考えていた雄太は最悪の状態に目眩がした。それまで必死でミナと対峙していた春香が脱力したのが見て取れた。
「大人しそうな顔をして人の男を取ったんだ。それなりの覚悟は出来てんだろ?」
ミナは掴んだ春香の髪の結び目にカッターナイフを突き立てた。
「雄太の好きな長い髪なんてこうしてやるよ」
ブチブチと音を立てて切られた髪がパサリと地面に落ちた。




