214話
3月19日阪神競馬場で二勝し、翌20日には中京競馬場に移動して三勝した。
20日はトヨタ賞中京記念G3にも出場した。一年前、雄太が初重賞として出場したものだったが結果は四着。それでも複数の勝鞍を上げた雄太はウキウキしながら公衆電話から春香に電話をした。
「春香。今日は中京だし、ちょっと遅くなるよ」
『お疲れ様、雄太くん。お風呂と夕飯の準備しておくね。気を付けて帰って来てね』
「ああ」
(ん〜。何か新婚みたいだよなぁ〜。こんなのが毎日……は無理だな。週末はレースだしな。でも、本当こう言うの最高だよな)
自宅に帰る気分で春香の家に向かう。地下駐車場に車を停めてエンジンを止めてキーケースを手にすると顔がニヤける。
今日は梅野も中京に合流して来たから散々いじられた。帰りになってもだった。
「雄太ぁ〜。お前、顔がゆるみ過ぎだぞぉ〜」
「そんな事ないですよ? いつもと一緒ですって」
たまたま調整ルームを引き上げる時にカバンの整理をしていてキーケースをチラリと一瞬見たのを梅野は見逃さなかった。
「なぁなぁ、市村さんと同棲してんの?」
「ソルっ‼ 俺の寮の部屋に遊びに来てるんだから寮に居るの知ってるだろっ‼」
純也が真顔で言うを聞いていた鈴掛が雄太の肩を掴むとジッと顔を見る。
「ち……違いますからっ‼ ちゃんと寮で生活してますって。そりゃ、日曜日のレース終わりには春香の家に行ってますけど」
鈴掛の父親モードを知っている雄太の顔が引きつる。
「エルメスのキーケースは許そう。だが、合鍵は……な」
「は……春香がくれたんですよ? 俺が欲しいって言ったわけじゃなくてっ‼ バレンタインデーにもらったキーケースの中に入ってたんですってばっ‼」
このやり取りはバレンタインデー以降何度もしたが、梅野達は飽きないようだった。
(本当にもうっ‼ どれだけ俺をいじるの好きなんだよぉ……)
内心呆れている雄太の顔を梅野がマジマジと見た。
「ん〜。何かあったろぉ〜?」
「え?」
「何か進展あったんだろぉ〜? 素直に吐けぇ〜」
「な……な……何もないですよっ‼」
(何で分かるんだよっ⁉ 梅野さんはエスパーか何かなのかっ⁉)
進展と言えば進展なのかも知れない。
誕生日の前日、夕飯の後。
(よし……言うぞ……。言うんだ……)
「なぁ、春香」
「なぁに?」
夕飯の片付けを終えた春香がエプロンを外しながら振り向いた。
「い……い……」
「い? てか、まだお風呂入ってなかったの?」
夕飯を食べ終えた雄太に
「片付けしてる間にお風呂入っちゃってね」
と、言ったのに雄太はソファーに座って春香を見ていたのだ。
「その……明日、俺誕生日だろ?」
「うん。そうだね」
「春香の笑顔が最高のプレゼントなんだけど、もう一つプレゼントが欲しいんだ」
雄太の顔が少し赤くなっているのに春香は気が付いた。
「え? 雄太くん、顔赤いよ? 大丈夫?」
「だ……大丈夫」
時期的に風邪を引いて熱があるのかと思った春香は少し心配そうにしながら雄太の隣に座った。
「大丈夫なら良いけど。それで、もう一つのプレゼントって何?」
雄太はゴクリと唾を飲み込んだ。
「その……嫌なら断ってくれても良いからな?」
「うん」
「その……一緒に風呂入らないか……?」
真っ赤な顔をしながら言う雄太を見詰めていた春香の顔も真っ赤になった。
日曜日の夜になれば春香を抱いてはいたが『一緒に風呂に入る』と言うのはなかった。
「だ……駄目……か?」
真剣に訊ねた雄太に春香は小さく頷いて
「良いよ」
と、答えた。
(よっしゃあ〜〜〜〜〜っ‼)
誕生日のプレゼントと称して、一緒に風呂に入る事になった事は進展と言えば進展。
(春香の家の風呂がデカくて良かった)
鈴掛が聞いたら父親モード突入する事間違いなしな事を思いながら、雄太は春香の待つ家へと足取りも軽く向かった。




