212話
ゆっくりと境内を散策して御守りの授与所に立ち寄った。
「御守り受けて行こうか? 春香はどれが良い? 俺がプレゼントするよ」
「良いの?」
「ああ。選んで」
「うん」
たくさんの御守りが並べられているのを見ていた春香に、雄太が声をかけた。
「私のは雄太くんが受けてくれるなら、私は里美先生の分と雄太くんのお母さんの分を受けるね」
「え?」
「お母さんに私の事を話してくれたんでしょう?」
後ろに立っていた雄太を振り返りながら言う。
父である慎一郎とは春香の話は一切出来ない状態であるが、母の理保には理解してもらえたと話していた。
「どれが良いかなぁ〜」
そう言って春香は、またたくさんの御守りを見て選びだした。その顔はにこやかで楽しそうだった。
(俺の母さんの事を考えてくれてるんだ……)
慎一郎に拒絶された事を気にしていない訳がないと思って、なるべく話題を避けていた。『世の中は自分に優しくない』と嘆き悲しみ諦めていた経験のある春香には、人から拒絶されている事実は辛い事だろうと。
その状況の中で理解をしてくれた理保の存在は嬉しかったのだろうと雄太は思った。
「母さんの分も良いけど、先に春香の分を決めなよ?」
「あ、そうだね」
夢中で理保の分を選んでいた春香が苦笑いを浮かべた。
「ストラップタイプのにしようかな。普段持ち歩いてるキーケースに付けようって思うから」
春香はストラップタイプの御守りを見ていた。
家の鍵や門扉の鍵、車の鍵とセキュリティの鍵。店の鍵や倉庫の鍵。鍵を複数必要としている春香は必ずキーケースを持ち歩いてる。
「これにしようかな」
春香が選んだのは可愛いけれどシンプルな御守り。
「これとかこれも可愛くないか?」
雄太が何気なく指差した御守りを見て春香が頬を赤くした。
「ゆ……雄太くん。そっちのは子授けの御守りとか安産祈願の御守りだよ?」
(こ……こ……子授けっ⁉ あ……あ……安産祈願っ⁉)
よく見ると台紙に『子授け子宝御守』『安産祈願』と書いてあった。
(ま……っ‼ まだ早いってっ‼ じゃなくてベタな間違いするなよ、俺っ‼)
可愛さだけで選んだ雄太は変な汗が出て来ていた。
春香は必死で笑いを堪えながら里美と理保の御守りを受け、冷や汗をかいた雄太は春香の分の御守りを受けた。
「はい。春香」
受けた御守りを春香に渡すと満面の笑みで受け取ってくれた。
「ありがとう。あ、ちょっと待ってね?」
春香はリュックからペンを取り出すと受けた御守りの袋に何か書き始めた。
(何書いてんだろ?)
「じゃあ、これ。雄太くんのお母さんの分」
「ああ。ちゃんと渡しておくよ」
雄太は受けとるとポケットにしまった。
「んじゃ、昼飯食べに行こう」
「うん」
二人は神社近くにある海鮮丼が美味しいと評判の店へ向かった。
「美味しい〜。また来たくなるね」
「また来ような?」
海鮮丼に大満足した二人は駐車場から砂浜へと降りた。
「あ、シーグラスがあるよ」
「シーグラス?」
「割れた硝子瓶とかの破片が波で洗われて石みたいになった奴」
春香はしゃがんで拾った青い石のような物を手の平に乗せていた。
「へぇ〜。本当の石みたいだ。綺麗だな」
「うん」
いくつかシーグラスを拾った春香は立ち上がると海を見詰めた。
「初めての海……」
「ん? どうした?」
「雄太くんは、私に初めてをいっぱいプレゼントしてくれるね」
隣に立つ雄太を見上げた春香はそう言って笑った。
「まだまだいっぱい初めてをプレゼントするぞ。海外にも連れてってやる」
「うん。あ、パスポートとらなきゃ」
「アメリカにもフランスにも連れてってやるからな」
力強く言う雄太の腕にしっかりと自分の腕を絡めた春香は雄太に寄り添った。
「うん。楽しみにしてるね」
「ああ」
十九歳になった雄太の夢は希望に溢れ大きく大きく広がって行った。




