211話
翌朝、春香の車で二人は出かけた。雄太の運転で高速を乗り継ぎ走り続ける。
「どこの海に行くの?」
春香はウキウキしながら運転をしている雄太に訊ねる。
「和歌山の方だよ。まぁ、和歌山って言っても大阪寄りの端っこの所だけどな」
「うん」
(あ〜。もう、春香の家に泊まり出来てるんだし、一度くらい泊まりの旅行とかも良いかもな。チェックインが夜でもオッケーの所ってあるのかな……?)
雄太は春香とのこれからが楽しみでたまらなかった。
どんどん走って行き高速から海が見えるようになると春香の顔が輝き出した。
「雄太くんっ‼ 雄太くんっ‼ 海だよ、海っ‼ うわぁ……うわぁ……」
大阪の……正直、美しいとは言えない海でさえ春香は大はしゃぎしていた。
(どれだけ喜んでくれるんだか)
雄太は春香の喜びようが嬉しかった。
「目的地に着く前に、はしゃぎ過ぎて疲れるぞ」
「だって海だよ、海」
「分かった、分かった」
(本当に、もう。最高の誕生日プレゼントだよ。大阪の埋め立て地の向こうの海でさえこのはしゃぎようだもんな。現地に到着したら、どうなるんだよ)
雄太がクスクスと笑っているのでさえ気付かないぐらいに春香は海に夢中だった。
更に走り続けると春香が張り付いていた窓から視線を外し雄太の方を見た。
「ねぇ、雄太くん。海の色が変わった気がするんだけど……」
「ああ、もう和歌山に入ったからな」
「うわぁ……。キラキラしてるね」
春香は感動からか黙って海を見詰めていた。
「もう直ぐ着くぞ」
「うん」
高速を降りてしばらく走り、海の近くの駐車場に車を停めた。車を降りた春香は海の方を見て立ち尽くしていた。
「海だぁ……。青くて……綺麗……。これが……海の匂い……」
しばらくそっとしておいてやろうと雄太は春香の横顔を見ていた。
数分後、春香は雄太の方に向き直ると
「あ、ごめんね。私、嬉しくて」
と、恥ずかしそうに笑った。
「良いよ。俺が、春香に海を見せてやりたかったんだから」
「うん。それで、ここはどこ?」
「加太淡島神社って所だよ。行こうっか」
手を繋いでゆっくりと歩いて行く。木々の間を抜けると階段があり、登り切ると本殿があった。
「お人形がいっぱい……」
「ここは人形供養をしてくれる所なんだってさ」
「そうなんだね」
(ん……。人形供養は分かるけど、ここって馬に関係あるのかな?)
本殿で手を合わせて、またゆっくりと境内を歩いていると看板があった。
(え? 女性を守る……?)
「ここはさ、女性を守ってくれる神社なんだ。女性の病気とかから」
「どうして……」
看板を読んでいた春香の後ろから雄太が話しかけた。振り向いた春香に笑いかける。
「俺は春香がマッサージしてくれたり一生懸命サポートしてくれてるだろ? でさ、俺には何が出来るかなって考えたんだよ。春香を笑顔にしてやる事は出来る。でも、それだけじゃなって思ったんだよ」
雄太が繋いだ手を自分の胸に当てる。
「俺、遠征とかで居ない時もあるしさ。俺が居ない時、春香を神様が守ってくれたら良いなって思ったんだ。病気とか、俺にはどうしようもない事も……え?」
春香の大きな目からポロポロと涙が溢れていた。
「ど……どうした?」
「だって……嬉しいんだもん……。雄太くんが私の事を考えてくれたのが嬉しいんだもん……」
「春香だって色々考えてくれてるだろ? 俺は、神様に手助けしてもらうしか出来ないからさ」
雄太は空いている右手で春香の涙を拭った。
「そんな事ないよ。こんな遠くまで連れて来てくれたし、海も見せてくれたじゃない」
境内でキスする訳にはいかないなと雄太はそっと春香を抱き締めて髪を撫でた。
「お互いやれる事をやって行こう。足りない部分は助け合ってさ」
「うん。ありがとう、雄太くん」
思い遣りと優しさで包んでくれる雄太が居てくれる事が幸せでたまらない春香だった。




