210話
3月13日の夜。
前週末、一勝しか出来ずメインレースも勝てなかったが、初めて雄太の誕生日を二人で祝うと言う事でデートをする事にしていた。
「明日は早目に出かけるぞ」
「どこに行くの?」
「海だ」
春香の茶碗蒸しを食べていた匙がピタリと止まった。そして、雄太を見詰める目がキラキラと輝きだす。
「時期的に海水浴は出来ないけど、人が少ないからゆっくり出来ると思うんだ」
(てか、春香の水着姿を他の野郎に見られてたまるか。魅惑のメロンは俺だけの物だからな)
雄太は自分の独占欲を自覚し、男としてどうなのかと思いつつも、これは譲れないと思っていた。
「海行きたいっ‼ あ……でも……」
「どうした?」
「雄太くんの誕生日なのに、私が行きたい所に行くのっておかしくない?」
嬉しそうに言った春香が一転声を小さくして雄太に訊ねる。
誕生日の主役は雄太。その雄太を喜ばせようと何日も前から色々考えていたのに、雄太が春香の行きたかった海に行こうと言うのだ。
「ん? 誕生日のプレゼントだぞ?」
「え?」
「春香と一緒に誕生日を過ごせて、春香の行きたい所に行って喜ぶ春香を見られるって言う最高のプレゼントって奴だよ」
(あ……。誕生日のプレゼント買っちゃ駄目って言ってたのって、こう言う事だったんだ……)
何度も何が良いか訊いても誤魔化され、金曜日の調整ルームに入る前の電話でも『絶対、プレゼント買っちゃ駄目だからな? 絶対だぞ?』と雄太に念押しされた理由がようやく分かった。
「バレンタインデーにプレゼントもらっただろ? 最高のさ。だから、俺の誕生日のプレゼントのリクエストは『春香の最高の笑顔』なんだ」
「うん」
春香は照れくさそうに笑うと、また茶碗蒸しを食べだした。
(春香は高い物を買ってもらって喜ぶ性格じゃない。贅沢をさせて欲しいなんて事は考えてもいない。なら、最高に良い笑顔になれるような事をしてやりたいんだよな)
雄太が、春香に惹かれたのは屈託のない笑顔だった。
その笑顔をたくさん見たい。それが、雄太の願いであった。
「楽しみ〜。海見られるんだぁ〜。えへへ」
ウキウキとした顔で話す春香を可愛いと思う。
(春香の事をお金を使わなくて済む安上がりな女と思う人も居るかも知れない。でも、春香はそんなんじゃないんだ。ソファーで一緒に座って話したり、食事したりするだけで幸せだって思ってくれるんだ。俺は小さな幸せを大切に思ってくれる春香が好きなんだ……)
風呂を済ませてから、春香はクローゼットを開けあれこれ服を出して考えていた。
その様子が、本当に楽しみなのだと言っているようで、雄太はベッドで肘枕をして見ていた。
「ねぇ、これとこれどっちが良いかな?」
「ん〜。青い方かな」
「うん」
着ると決めた服を横に置いて、着ない服をキチンと畳んでしまって行く春香。
雄太と付き合うようになって春香の服はかなり増えた。苦手だったフリルやリボンが付いている服も着るようになった。
「あ……」
「どうした?」
「えっとぉ……。雄太くんは……ベビードール……好き?」
ガクンと雄太の肘枕が崩れた。春香が頬を赤くしながら雄太を見ていた。
「ベ……べ……ベビードール……って……」
(好きって言ったらエッチな男だと思われて嫌われないかっ⁉ だからって嫌いとは……正直……言えないぞ……? 嫌いって言ったら、一生春香のベビードール姿は見られないかも……。着てくれなんて言っても良いのかどうかも分からないじゃないかぁ〜っ‼)
ジッと見詰められて心臓がバクバクと暴走を始めた。
「な……何で突然……?」
必死で誤魔化しながら答えた。
「え? あ……何でもないの。忘れて」
春香は、そう言って服を畳むことを再開した。
(ベビードール……ベビードール……。俺は何て答えるのが正解だったんだよぉ〜っ⁉)
春香の突然の質問に惑わされた雄太だった。




