208話
「アポを取れば取材させていただけるのでしょうか……?」
必要以上に低姿勢で訊ねる記者に、春香はフゥとわざとらしい溜め息を吐いてみせた。
「私は、ほぼ予約で施術しています。空いている時間があっても、施術後でしたら休息をとって次の施術に備えています。急な施術もありますし、出張もしていますので、アポを取っていただいても確約は出来かねます」
その言葉に同行していた若いカメラマンが噛み付いた。
「アポを取れって言っておいて、確約が出来ないとかなんだよ。何様のつもりだ?」
春香はこれ以上はない笑みを浮かべた。
「私、アポを取れなどとは一切言っておりませんよ?」
「え……」
実際、春香は『アポを取れ』とは言っていない。記者が、余計な事を言うなとカメラマンに小さな声で言っている。
「その……予約をして、その時間を取材にあてさせていただくと言うのはどうでしょうか?」
記者の申し出に春香はカウンターの中に入り料金表を一枚取り出して記者に手渡した。
「これが私の施術の料金表になります」
春香が差し出したのは、撃退用の料金表だった。
「た……」
恐らく『高い』と言いたかったのだろう。記者とカメラマンは言葉に詰まった。
「御紹介者なしですとこの料金になります」
「紹介者があれば……もう少し安くなるのでしょうか?」
「はい。御紹介くださる方の伝手はおありですか?」
記者は黙って料金表を見詰めていた。その表情から紹介者はいないと推察が出来た。
「分割払いは……」
「無理です」
ようやく絞り出した言葉を春香はバッサリと切り捨てた。
「取材するのに金を要求するとか……」
「私は一般人です。週刊誌に取材されるような事はないはずです。それに、私が取材してくださいとお願いした訳ではありませんし、施術の予約を取ってくだされれば取材を受けると申し上げた事はございません」
記者は余計な事を言うカメラマンを睨み付けていた。
「これは何の騒ぎだね?」
出入り口から響いたのは、年配男性の低い声。背後には黒いスーツの秘書らしき人物が立っている。
「いらっしゃいませ、大河内様」
春香がカウンターから出て深く頭を下げた。
高そうなブランド物のスーツを着て立っている人物を見て記者が顔を引きつらせた。
「今とり……」
カメラマンがその人物に食ってかかろうとしたのを記者が口を塞いで止めた。
「お前なっ‼ あの人は、うちの社の大株主だぞっ⁉ クビになりたいのかっ⁉」
ヒソヒソと言っているのを春香は無視して大河内に近付いた。
「いつもありがとうございます」
「ああ、春香ちゃん。今日も頼むよ。で? この騒ぎは?」
春香がチラリと記者の方を向くと記者はカメラマンの口を押さえながら、フルフルと首を横に振った。
恐らく『頼むから、何も言わないでくれ』といった処だろう。
「何でもございません。施術の準備は整っております」
春香は記者達に背を向けると大河内を伴ってVIPルームへと向かった。
春香がVIPルームのドアを閉めると
「ちょっと良いか?」
と直樹は記者を呼び、耳元に何かを囁いた。
それを聞いた記者は顔面蒼白になり、カメラマンの腕を掴んで店を後にした。
(馬鹿だよなぁ……。春が、あの顔をしたら鷹羽くんだって敵わないのに。てか、俺の出る幕がなかったじゃないか)
ポリポリと右手で頬を掻きながら、パソコンの画面を確認して防犯カメラの映像を保存をした。
「さっき、何を言われたんですか?」
「……あそこでのやり取りは全部録画録音してあるし、営業妨害で訴える事も出来るってさ……。何よりも、あの女の子自体が財界の大物のお気に入りだそうだ。下手すりゃ俺達のクビだけじゃ済まない……」
「え?」
「帰って編集長に……あ」
青ざめた顔で車に戻った二人を待っていたのは、駐車禁止の取り締まりをしていた警察官だった。




