第9章 雄太の誕生日と露見した過去 207話
バレンタインデーにインタビューを答えた雄太に世間は好意的だったが、一部写真週刊誌などは、お相手である春香の身元を探す事に必死だった。
寮の周りでも記者の姿は見られたが、雄太は気にせずにトレセンで仕事をしていた。
(本当、しつこいなぁ〜。けど、平日はいくら付け回しても無駄だけどな)
日曜日のレース終わりには、追跡して来る記者達の車を上手くまいていた雄太。
(春香との癒しの時間を邪魔されちゃたまんないっての)
週末を春香の自宅で過ごし、平日は寮とトレセンを往復する。
そんな日々が続いていたが、ある日ふと気付いた。
(あれ? 今日はいつもの週刊誌の記者達が居ないな? 諦めた……とか?)
雄太は少し疑問を感じながら仕事をこなしていた。
その日の午後。
春香は雄太と載った雑誌をVIPルームで読み返していた。
(この写真が私だって世間に知られて、あの人達の事が世間に知られたら……)
春香は雄太が堂々としてくれた事は嬉しかったが、実親の事を知られる事を恐れていた。
今の自分だけが知られるだけなら良い。ただ、犯罪者の親が居る事を知られるのは雄太のプラスにはならないと悩み続けていた。
(消せるなら消したい……。あの人達が親だった事……)
無理な事は分かっている。実親が居なければこの世に生まれてなかったのだと思うが、どうしても許す気になれなかった。
その時、店内が騒がしい事に気が付いた。ドアを閉めていても聞こえる直樹の声。
(どうしたんだろ? 直樹先生がこんな大きな声を出すなんて。こんな時間から酔っ払いが来るとは思えないし……)
駅前の商店街には酒を提供している店も複数あるので、夜になると酔っ払った人が来てしまう事もあった。だが、まだ昼間だ。酔っ払いが来るには、まだ早かった。
気になった春香がドアに向かうとそれより先にドアが開いた。素早く部屋に入って来てドアを閉めたのは里美だった。
「どうかしたんですか?」
「今、外に出ちゃ駄目よ。写真週刊誌の記者が来てるから」
「え? 記者の人が……?」
ついにバレたのかと春香は俯いた。
(どうしよう……)
雄太が必死で守ってくれようとしたのに、マスコミの捜索能力は高かったのかと目を閉じた。
自分の過去や出自を知られて批判される事を考えた。だが、雄太が言ってくれた言葉を思い出した。
(雄太くんは、私の所為じゃないって言ってくれた……。私は……雄太くんと一緒に居たい。私も堂々とする)
春香は里美の前に立った。
「里美先生、行かせてください」
「春香……」
「私は大丈夫です」
里美は黙って春香を見詰めた。真っすぐで揺るがない強い瞳。
「分かったわ……」
里美はドアを開けて二人でVIPルームを出た。
待合で直樹と言い争っていた記者が春香に気付いて近付こうとした。
「どなたか存じませんが、営業妨害はやめていただけますか?」
キッパリと言い放った春香に記者は立ち止まった。
「ここをどこだとお思いですか? お客様がいらっしゃるのが見えませんか? これ以上営業妨害を続けられるのでしたら警察を呼びます」
キリッとした『東雲の神子』の顔をして言う春香に記者は何も言えなかった。
「何かおっしゃりたい事がありますか?」
「取材を……受けていただきたいのですが……」
「何の取材ですか? 『東雲の神子』ですか?」
「いえ……。鷹羽雄太さんとの事を……」
春香より、ずっと歳上であろう記者はタジタジと言った感じで話す。
「それならば店に迷惑をかけるのは間違っているのではありませんか? アポも取らず、いきなり店に押しかければ迷惑になるとは思わないのですか?」
自分より頭二つ大きな記者をキリッとした顔をして見上げる春香は、なぜかいつもより大きく見える。
記者自身も感じているのだろう。段々と直樹と対峙している時の勢いがなくなっていた。




