206話
初めて二人で迎えたバレンタインデー。雄太の心は、先程あった事は遥か彼方に放り投げてウキウキとしていた。
(春香からチョコレートもらえるんだ。しかも、今日はお泊り日だぞ。重賞勝ったしな。最高に良い夜だ)
春香の自宅についた二人は順番に風呂に入り、のんびりとソファーに座ってくつろいでいた。
春香の家に置いている用の紺色のスウェットを着た雄太の隣には水色のフワフワのパジャマを着た春香。
「さっきの雄太くん、格好良かったなぁ〜」
「え? そんなにだったか?」
「うん。私、雄太くんと一緒に居られる事を誇らしく思うよ」
『誇らしく思う』とまで言われて、雄太は少し恥ずかしい気がした。
「そこまでじゃないと思うけど……」
「ううん。ちゃんと私の事を考えてくれてるんだって思ったら嬉しかったの」
「そりゃ、春香は俺の大切な大切な彼女だしな」
「ありがとう。じゃあ、これ」
春香は、雄太に小さな紙袋を差し出した。
雄太はドキドキしながら紙袋から可愛くラッピングしてある小さな箱を取り出した。
(春香からのチョコレート……。夢で見た春香からのチョコレート……)
「甘くないの選んだよ」
「ありがとう、春香」
「うん」
今までこんなにもらって嬉しいチョコレートはなかったなと思った。
「大事に食べるよ」
「疲れた時に食べてね」
「疲れた時は春香が良い」
チョコレートの箱を持ったまま抱き締めてキスをする。
唇を離して、思いっきり抱き締める。
「俺の一番の癒やしだ」
「そう思ってもらえてるのなら、このプレゼントは正解かも」
「プレゼント?」
春香は、もう一つ紙袋を差し出した。
「こ……これ……エルメスの紙袋じゃ……」
「うん。開けてみて」
「うん……」
(あんまり高い物は買っちゃ駄目って言ってるのに……)
雄太は紙袋から小さな箱を取り出した。ラッピングを解き箱を開けると黒いキーケースが入っていた。
「本当は雄太くんが車を買った時にプレゼントしようかと思ったんだけど、また悩むんじゃないかなぁ〜って思ってバレンタインデーにしたの。一緒に渡したい物も出来たから」
「一緒に渡したい物……?」
「うん。中に入ってるよ」
雄太はキーケースを箱から取り出した。すると、中に何かがある感触がした。
(え?)
キーケースを開くと二つの鍵が付いていた。
「これって……」
「私の家の鍵と外廊下の門扉の鍵」
ゆっくりと顔を上げ春香を見るとニッコリと笑っていた。
「これがあればレースが終わってから、家に来て私の仕事が終わるまでお風呂に入ったり、レースのビデオ見たり出来るでしょ?」
(もしかして……それもあってテレビやビデオデッキまで買ってくれたのか……)
近場の競馬場でレースを終えた雄太が時間潰しをしなければならない状況を春香は気付いていたのだった。
「ありがとう……。ありがとう、春香」
「うん。ここを雄太くんの家だと思って帰って来てね」
「本当、最高のバレンタインデーだよ」
実家を出て寮住まいになった雄太に出来た新しい家。帰って来れば、誰より大切な女性が居てくれる。
週末しか来られなくても、雄太には我が家だと思ってくれて良いと言う春香の気持ちが嬉しかった。
その日の夜は、いつにも増して甘かった。
『競馬界期待の若手騎手鷹羽雄太(18)堂々の交際宣言』と、大きな文字と写真が掲載された雑誌が販売された。
慎一郎の心配をよそに記載された記事も世間の反応も好意的だった。
鈴掛や梅野だけでなく、他の先輩騎手達もからかうどころか雄太の背中を叩いて褒めていた。
「雄太、カッケーな」
純也は、春香を背に庇いながらインタビューを受けている写真を見てニッと笑っていた。
直樹や里美も雄太の決意を温かく受け入れてくれた。
(上手く行って良かった……)
内心、『生意気だ』とか、春香を悪く書かれたらどうしようかと思っていた雄太はホッとして寮の自室へと戻った。




