205話
全てのレースが終わり、騎手の拘束解除された後。春香は、待ち合わせの場所で雄太の車を待っていた。
ポケットには、先程当てた雄太の馬券が入っていた。
(雄太くんが勝ってくれて馬券が当たったのは嬉しいけど……。手放せないんだよね……)
記念に残してある馬券は、もう何枚になるだろう。当たってもハズレても、春香にとって宝物なのだ。ハズレ馬券だからと言って捨てる事なんて出来なかった。
「春香」
雄太の声がして春香は顔を上げた。車の窓を開けて雄太が手を挙げていた。
春香は車に駆け寄り、直ぐに乗り込んだ。
「雄太くん、お疲れ様。格好良かったぁ〜」
人目のある所で抱き合う訳にいかず雄太は車を発進させた。
「そんなに喜んでもらえたら嬉しさ倍増だな。春香が来てくれただけでも嬉しかったのにさ」
「えへへ。私も嬉しい。目の前で雄太くんが走ってるの見られたし、一着だった上に、帰りにデート出来るんだもん」
春香の声は弾んでいた。それにつられて雄太も気分が上がる。
「んじゃ、今日は焼き肉にしようか?」
「うん。お祝いだね」
「ああ」
二人は個室のある焼き肉屋に向かった。
数時間後、焼き肉屋を出た二人は足を止めた。記者らしき人物が店の前に居たからだ。
「鷹羽くん、その女性は恋人ですか?」
いきなりそう訊いた記者をチラリと見て雄太はサッと春香を背に隠した。そして、フゥっと息を吐いた。
「とりあえず出入り口を避けませんか? 他の方の迷惑になりますし。あ、それと名刺いただけますか?」
「え?」
「突然、話しかけて来た人の質問に答えると思います? 名前も知らない人にプライベートを話すつもりはないです」
キリッとした顔で答えた雄太に一瞬息を飲んだ記者はポケットから名刺入れを出して一枚差し出した。
それを受け取った雄太は名前を確認して胸ポケットにしまいながら、店の出入り口から離れた。
「彼女は俺の恋人です。ですが、一般の方なので名前は答えません。写真もそのまま掲載する事は控えてください。彼女には彼女の仕事や生活がありますから」
記者は何度か雄太のデート記事を掲載していた雑誌の記者だった。それまで、望遠等を使って隠し撮りをしていた苦労は何だったのだろうと記者やカメラマンが思うぐらいに、雄太は堂々としている。
「まだデビューして一年目ですよね?」
「デビュー一年目だと恋人が居たらおかしいんですか? 確かに未成年ですが、俺は社会人ですよ?」
質問に質問で返すのは良くない事だと思っているが雄太は聞き返した。
「十八歳で……」
「十八歳は結婚出来る歳ですよ? 法律が結婚を認めている歳に達している俺に恋人が居るのがおかしいですか?」
段々と言い負かされている事に焦りを感じながらも記者は続けた。
「お父さんの……」
「恋人を作るのに親の許可が必要なんですか? あなたは親の許可をとってから恋人を作ったんですか?」
記者が二の句を継げられなくなると雄太は更に畳み掛けた。
「そもそも、俺は俳優やアイドルじゃないですよ? 恋人が出来たからってどうだって言うんですか?」
「それは注目されていて……」
しどろもどろになりながらも記者は続けた。
「俺が注目されて競馬に興味を持ってくれる人が増えるのは嬉しいですよ? だからってプライベートがなくなるのはおかしいと思ってます。俺が生意気だとか書きたかったら書いてくれても良いですよ? ただし、彼女に迷惑をかけるような事はしないでください」
今まで見かけで大人しい性格だとたかを括っていた記者は言葉に詰まった。
「もう良いですか? 失礼します」
そう言い切った雄太は背後の春香に小さな声で
「顔を隠しておいて」
と、囁いた。
春香が小さく頷き手で顔を覆うと雄太は手を引いて駐車場に向かった。
(雄太くん……大人だぁ……)
キリッとした馬に跨った時と同じような顔をしている雄太を見上げて春香は頬を赤らめていた。




