203話
2月に入った。
実家暮しをしていた頃は、日曜日は電話だけで、月曜日にデートやマッサージで春香の自宅に訪れていた雄太は、日曜日のレース終わりに春香の自宅に行くようになった。
そして、そのまま泊まるようになった。
「あのね……。日曜日の夜から雄太くんが家に来てくれて嬉しいって言ったら、私の事エッチだって思う……?」
一緒に夕飯を食べ、風呂を終えた雄太はノンビリとソファーでアイスコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
そこに風呂上がりの春香がチョコチョコと近付いて来て、隣に座って顔を赤くしながら訊いたのだ。
(エ……エッチって)
雄太は飲んでいたアイスコーヒーを噴き出しそうになった。
雄太のスウェットの裾を摘んで、春香は耳まで赤くしながら真剣な顔をしている。
(本当、可愛いんだから)
「風呂に入りながら、そんな事考えてたのか?」
春香は小さく頷いた。
「じゃあ、俺は? 毎週、春香の家に泊まりに来てる俺はエッチだと思う?」
雄太に訊かれ、顔を上げた春香は
「えっと……エッチかな……」
と、呟いて雄太に抱き着いた。
風呂上がりのほかほかした体を受け止めると雄太はキスをする。
「春香にだけエッチになるんだからな?」
「うん。あ、バレンタインデーの日レースあるね」
バレンタインデーと春香に言われ、雄太は、前に春香からチョコレートのプレゼントと言われキス寸前で純也に起こされた夢を思い出した。
(あの時の俺って……はっきり言って欲求不満だったよなぁ……。あの夢みたいに唇にチョコレートシロップ塗ってキスしたいとか言ったらドン引きされるかな?)
あの頃は、何とかして春香と付き合えないものかと思い続けていて、チョコのキスの夢だけでなくデートしたりフラれる夢も見ていた。
「雄太くんはチョコ嫌いじゃないよね? チョコ食べても大丈夫?」
「甘過ぎないのなら少しくらい食べても大丈夫だから」
夢の中で答えていたのと同じように言うと春香は嬉しそうに笑った。
「うん。じゃあ、甘過ぎないのを少しだけ準備するね」
「それと甘い甘い春香もな?」
「うん。えっと……私にピンクのリボン付ける方が良い……?」
「え?」
『ヤダなぁ〜。雄太ってばぁ〜。いくら俺でも、市村さんがスケスケのベビードールを着て、ピンクのリボンを付けて『プレゼントはわ・た・し』とか言うなんて言わないからなぁ〜?』
食事会をした時の梅野のセリフを思い出した。
「ブッ‼」
思わず吹き出してしまった。
「雄太くん?」
「あの時の梅野さんのセリフ思い出した」
あの時はベビードールがどんな物か分からずにいたが、厩舎に放置してあった誰かの男性向け雑誌を何気なくペラペラめくっていた時、通販のページに『彼女と特別な夜にベビードール』とか書いてあったのを見た。
(ス……ス……スケスケっ‼ マジでスケスケっ‼ うわぁ……。こ……こんなのあるんだ……。スッゲーエロい……。これが……ベビードール……)
マジマジと見ながら、春香が着た処を想像してしまい鼻血が出そうになったのだった。
(あん時は、まだキスだけだったからなぁ……)
今、腕の中で甘えている春香。スケスケのベビードールを着ている処を想像してみる。
(絶対、真っ赤になるんだろうなぁ〜。スケスケのベビードールにピンクのリボンは魅力的だけど、今はまだ要らないかな)
毎週、二人っきりで夜を過ごせる日がこんなに早く来るとは思っていなかった。
だからこそ、雄太は今まで以上に気を引き締めて仕事に向き合っていた。
(今年は去年より多く勝鞍を上げてやる。百勝目指してやるんだ。春香が居るから頑張れるんだって証明してやる)
「初めてのバレンタインだからって気合い入れ過ぎなくても良いよ。俺は、春香が居ればそれだけでも嬉しいんだから」
「うん」
バレンタインでなくても甘い甘い夜を過ごせるのが嬉しい雄太だった。




