201話
1月10日(日曜日)
京都競馬場でのレースに出ていた雄太は、一度家に戻ってから草津の駅前へと車を走らせていた。
(大きなの一つあれば海外遠征でも大丈夫だよな? 二つ要るか?)
周りに訊ける人が居ないのだから仕方ないと大き目のトランクを一つだけ買って、店内の公衆電話から東雲に電話をかけた。
(春香、まだ仕事かな? 仕事なら待ってよう。早目に話しておきたいし……な)
『お電話ありがとうございます。東雲マッサージ店です』
里美の声が雄太の耳に届いた。
「こんばんは、鷹羽です」
『あら? ……何かあったの?』
余程の事がない限り店に電話をしない雄太からの着信に里美は何かを察した。
もちろん写真が雑誌に載った事も知っているから、それ関係と言う事も分かってはいるのだろう。
「ええ。春香は、今仕事中ですか?」
『いいえ。来れるなら来れば?』
「はい。今、駅前なので数分後に伺います」
(さすが里美先生……。俺が春香の自宅じゃなく店にかけただけで只事じゃないって察してくれるんだもんな)
雄太は春香のお気に入りのケーキ屋に立ち寄りシュークリームやモンブラン等を買い込んだ。
「これ皆さんでどうぞ」
受付カウンターで雄太はケーキ屋の箱を里美に手渡した。直樹は何か言いたげだったが黙っていてくれた。
雄太は頭を下げるとVIPルームへ向かった。
(さて、どう切り出そうか……? どう言っても変わりないよなぁ……)
素直に話すしかないと覚悟を決めてノックをすると、春香がドアを開けた。
「里美先生から聞いてる。入って」
心配そうな顔をした春香が小さな声で言った。
雄太が中に入ると春香がジッと見詰める。真剣な顔で見詰められ、雄太は単刀直入に話し出した。
「あのさ。俺、家を出るんだ」
「それは……私の所為?」
「正直、全く違うとは言えない。でも、春香だけの所為じゃない。二人の問題を自分だけの所為にしちゃ駄目だって言ったろ? 頼むから自分だけを責めないでくれ」
春香は頷くと、ゆっくりと施術用ベッドに腰かけた。
「うん……。そうだったよね。ごめんなさい」
雄太は春香の前に膝まづき、そっと手を握った。
「俺が家を出るのは、家に居る事で溜まる余計なストレスを避ける為なんだ。仕事をちゃんとする為だ。俺の夢を叶える為だ。春香と一緒に夢を叶えたいからだ。その為に家を出るって決めたんだ。分かってくれた?」
「うん。家を出てどこに行くの? もしかして遠く……とか?」
雄太は、立ち上がると不安気な顔をしている春香の隣に腰かけて抱き締めた。
「心配しなくて良いよ。遠くなんかに行かないから。寮に入るだけだ」
「良かった。遠くに行っちゃうのかと思った」
「そんな訳ないだろ? 普段はトレセンで仕事してるんだから、どこに行くってんだよ。それに、春香を置いて行く訳ないだろ?」
「そっか。そうだよね」
春香も雄太の背中に腕を回して抱き締める。
しばらく抱き合っていると春香も落ち着いたようだった。
「やっぱり、お正月の写真が原因?」
「ああ。梅野さんやソルが写らないようにして二人っきりに見えるように写してるんだからな」
「私もビックリした。梅野さんと塩崎さんが居ないかのような写真だったんだもん」
「周りにはカメラ持ってる人が居なかったから油断してたな。梅野さんが言うには多少良い望遠を使えば撮れそうだって言ってたけど」
何を言った処で今となってはどうしようもない。
「それで、寮には直ぐ入れるの?」
「大丈夫だよ。もう入寮の手続きとかも済んでるから。それでもう一つ、春香に言っておきたい事があって来たんだ」
「ん? なぁに?」
春香は雄太を見上げた。
「俺は、もうコソコソするのはやめる。春香の名前とかは出さないけど、恋人が居るって事を隠さない」
(え? え?)
雄太の言葉に春香は理解がついて行かなくなってしまった。




