199話
「そろそろ良いっかな?」
「そうですね。ご実家にお送りすれば良いんですよね?」
「うっす。道教えるんで」
「はい」
春香は純也を実家へと送って行った。ついでに、純也の父母の肩揉みをして自宅へ戻った。
一方、梅野は雄太の自宅へと送って行った。わざとバックで自宅前に車をつけた。
「ここに停めりゃ、俺と一緒だってアピールになるよなぁ〜?」
「そうですね」
案の定、窓から慎一郎が覗いていた。
それに気付かないフリをしながら梅野の車を見送った。
✤✤✤
数日後、また雄太と春香の写真が雑誌に掲載された。正月に初詣に行った時の物だった。
それを慎一郎が雄太に突き付けていた。
厩務員達が通り過ぎながら、相対している慎一郎と雄太をチラ見していた。
(また……)
「雄太、またか?」
「この時は、梅野さんやソルも一緒で……」
「そんな事はどうでも良いっ‼ なぜ会ってたかって言ってるんだっ‼ 競馬に集中しろと言っただろっ‼」
雄太の言葉を遮り慎一郎は怒鳴り声を上げた。雄太もカッとなり怒鳴り返す。
「集中してるじゃないかっ‼ ちゃんと勝ち鞍だって上げてるっ‼」
「お前は競馬と女とどっちが大事なんだっ⁉」
「じゃあ、父さんは競馬と母さんとどっちが大事なんだって訊かれたらどう答えるんだよっ⁉」
「お前は……」
慎一郎の握った拳がフルフルと震える。
「雄太を殴りたいなら殴れば良い。トレセン内なら問題になるぞ? 分かってるんだろうな? 慎一郎」
「辰野調教師……」
辰野に睨み付けられた慎一郎は言葉に詰まる。
「雄太は、新人最多勝も重賞も獲っている。彼女が居ても、ちゃんとしているだろう。その状態で何を責める? その彼女骨抜きにされてる訳でもないし、頑張っている息子に何を言っているんだ? はっきり言えば、雄太は父親のお前を超えてるんだぞ? お前はデビュー年にG1にいくつ出た?」
先輩である辰野に事実を突き付けられて、慎一郎は黙って唇を噛んだ。
「もう……これ以上我慢出来ない…。俺は家を出る」
雄太はキッと顔を上げて慎一郎を真っすぐに見て言った。
「雄太……」
辰野は眉をひそめながら雄太を見て呟いた。
「仕事なら何を言われても我慢しようと思ってた……。でも、家でも『調教師鷹羽慎一郎』を振り回されて、父親として話も出来ないし、正直息が詰まるんだ。唯一、安心して暮らせるはずの家がストレスの場になるなら家を出ます」
雄太は淡々と話した。真剣な目は馬に乗っている時と同じようだった。
「女の所にでも行くつもりか?」
慎一郎は低い声で訊いた。
「彼女は一人暮らしだから、それも良いかも知れない。でも、それは男として情けないと思うし、彼女はそれを望まないですよ。何より俺を第一に考えてるから、俺の評判が落ちる事を良しとしない女性です。それじゃあ、入寮の手続きしてきます」
雄太は二人に頭を下げて、背を向けた。
歩きかけた雄太に慎一郎が声をかけた。
「家を出たら、二度と戻れ……」
「そんな安っぽいセリフ、今の俺には届きませんよ? 俺が大切にしている女性を侮辱するような人を父親と思いたくもない。失礼します」
雄太は振り向きもせず言い捨てるとその場を後にした。
「あいつは……」
雄太の背中に慎一郎はもう何も言えなくなった。
「雄太は、お前にそっくりだな。頑固で愚直で、競馬に真っすぐで」
辰野は、子供ではなくなり大人になりつつある雄太の背中と慎一郎を見ながら言った。
「辰野調教師……」
「これだけは言っておくぞ? 過度な期待は息子の夢を潰す事になる事になるんだからな? 雄太は夢を叶えていっている。それは雄太だけの力じゃない。写真の彼女が、どれだけ雄太の力になり心の支えになってるか分かっているか?」
辰野の言う事も分かる。だが、どうしても雄太の邪魔をする物を排除したくなるのが父親であり調教師だと思ってしまっていた。




