198話
夕方までまったりと過ごした二人は、雄太の地元の神社へ初詣に行く準備をしていた。
純也のコートと帽子、念の為サングラスをかけた雄太と、いつものオフホワイトのダッフルコートを着た春香が地下駐車場へと下りる。
「雄太くんが言ってた地元の神社ってどの辺?」
「俺の家の手前側の山にあるんだ」
「じゃあ、寮の前を通るんだよね? 大丈夫かな?」
恐らくもうマスコミは居ないだろうと雄太は思っていたが念には念を入れておくかと考えた。
「ちょっと遠回りになるけど、いつもと違う道で行こうか」
「私、道分かんない……」
春香が不安気に雄太を見上げた。
「春香の車の保険って家族限定?」
「ううん。直樹先生も乗る時があるから限定は付けてないよ」
「なら、俺が運転するよ」
「うん」
雄太は春香からキーを受け取ると運転席側に回り乗り込んだ。春香は嬉しそうに助手席に座る。
(ぶつけないように気を付けよう……。俺の車より高いもんな)
雄太の賞金額からすれば、それなりの車が買えるのだが、若くして高級車に乗ると良く思わない関係者も居るのでそこそこの車にした。
(G1獲ったら良いのに乗り替えてもいいし、セカンドカー持っても良いよな。春香の車もあるし、今のままでも良いけど)
遠出は滅多に出来ないがドライブするなら春香の車の方が楽な気がしていた。
(乗り心地良いよなぁ〜)
雄太は春香の車を地元の神社へと走らせた。
夕方とは言え、それなりに人が居る神社の駐車場の一番端に雄太は車を停めた。
「こんな所に神社あるんだね」
「通りからは見えないからなぁ〜」
二人で手水舎で身を清め境内に入り本殿に手を合わせる。
(春香の為にG1が獲れますように……)
(雄太くんが怪我をしませんように……)
真剣に祈り、顔を上げるとお互いを見た。
(春香の為に頑張らなきゃな)
(雄太くんの為に頑張らなきゃ)
何を祈ったかは訊かなくても、お互いを思って祈っていただろうなと思った。
ゆっくりと本殿を後にして駐車場に向かう。時計を確認していると、梅野の車が駐車場に入って来て春香の車の隣に停まった。
「よう〜」
梅野は運転席から降りると二人に声をかけた。純也は助手席から降りるとニヤっと笑った。
「梅野さん、すみません」
「ありがとうございます」
雄太と春香が揃って声をかけた。
「良いってぇ〜。例の車は、もう居なかったぞぉ〜」
「そうですか。良かった」
雄太と純也は、春香の車の影に入りお互いのコートと帽子を交換した。
そして、周りを警戒しながら立ち上がる。
「じゃあ、次は11日に……な」
「うん。頑張ってね」
5日と6日は変則日程でレースがあり、4日は月曜日なのに会えない。
その想いから名残り惜しくなるが時間は限られている。
「じゃあ、また電話するから」
「待ってるね」
雄太は梅野の車に乗ってからも窓を開けて手を振っていた。
赤いテールランプが右折をして見えなくなるまでずっと雄太に手を振って答えていた春香に純也が声を掛ける。
「淋しいっすか?」
「うん……。でも、雄太くんのお仕事を知った上でお付き合いするって決めたから」
『普通の恋人のような付き合い方は出来ない』と言われたけれど、それでも雄太の傍に居たいと思ったのだからと自分に言い聞かせる。
「市村さんは強いっすね」
「私は弱いよ……。雄太くんの姿が見えなくなったら淋しくてたまんない……」
「それ、雄太に言ったっすか?」
春香はゆっくりと首を横に振った。
「言えないよ……。言えば困らせるの分かってるから」
「たまには思いっきり甘えて我儘を言っても良いと思うっすよ?」
甘えて我儘を言う事を知らなかった子供の頃。
今は、言える相手が居る。
「はい。今度会ったら甘えてみます」
「うっす」
答えた春香の顔は明るく前向きに見えた。




