195話
お雑煮とお節料理を食べ終わり、四人でゆっくりと緑茶を飲んでいると直樹が雄太を見た。
「鷹羽くんの今年の目標は何だい?」
「え? 今年の目標……ですか?」
唐突に訊かれて言葉に詰まった。
(春香と結婚したい……なんて言えないしなぁ……)
「うちはね、毎年元日に今年の目標を言うの。お互い口にしたら、何かあったら助け合えるでしょう?」
里美が言葉足らずな直樹のフォローをする。
「そうなんですね」
「直樹先生は?」
突然訊かれた雄太に考える間が必要だと思った春香が直樹に訊ねる。
「ん? 俺は毎年の事だが『健康で病院要らずで過ごす事』だな」
「私も一緒ね。ここ数年、病院のお世話にならずに過ごせてるから。春香は?」
里美が笑って春香に訊ねた。
「私は……」
春香は、そう言って雄太をチラリと見た。
「私は、雄太くんが一つでも多くの勝ち鞍を上げられるようにマッサージの勉強をもっとする。お料理も勉強する」
(春香……)
感動している雄太と裏腹に直樹は複雑な思いをいだいていた。
(あぁ……。春の一番大切が鷹羽くんになったんだなぁ……。分かってた事だけど、突き付けられると来る物があるなぁ……)
「ありがとう、春香。じゃあ、俺は……今年中にG1で優勝する」
「え? G1で……?」
直樹と里美は目を丸くし、春香は訊き返し雄太をジッと見た。
「確かに鷹羽くんはG1に出たが一着になるのは大変だろう?」
ガッツリやる方ではないが、それなりに競馬を知っている直樹でも、G1で一着になる事がいかにを難しいか知っている。
騎手である雄太なら知らない訳がない。
「もちろんです。俺が頑張っても馬との巡り合いもあります。騎乗依頼がもらえなきゃ話にもならない。でも、俺……春香が居るから成績が悪くなったんだとか言われたくないんです。俺自身は春香が居てくれるから頑張れてる部分が大きいのにって思ってて……。勝ち鞍を上げるのも勿論ですが、一番の目標はG1を獲る事です」
直樹は真剣な目をしている雄太を見た。
(自分の為だけでなく、春の為……か。関係者の中には生意気と言う人も居るだろうけど、な。高い目標だが、春の為と言われたら認めざるを得ないよな)
「雄太くん……」
春香の目が潤む。
雄太の大きな大きな目標に胸がいっぱいになる。
「俺は春香を守りたい。だから、誰もが認める実績を残さなきゃって思うんだ。がんがん勝ち鞍を上げて、どんどんG1の騎乗依頼をもらえるようにする。それで、G1獲る。俺、目一杯頑張るよ」
「うん。私もサポート頑張るね」
見詰め合った二人を見て、直樹は小さく溜息を吐いた。
(ようやく一年目を終えようとしてる騎手なのにな……。鷹羽くんが言うと本当にG1を勝ちそうな気がするのは何でだろう……。俺も信じてみるか……。鷹羽くんがG1を獲る事を……)
薄っすらと目に涙を浮かべている最愛の娘が信じてついて行くと言う男。
見た目は優しげで垢抜けない少年と言う感じだったのに、いつの間にか青年の雰囲気をまとい、最愛の娘を守りたいと言う男。
(仕方ないよな。子供はいつか巣立って行くんだから、な)
ふと直樹は雄太の足元を見る。
(二人は何もなかったように振る舞ってるし、朝に訪ねて来たって風にしたかったのは分かるけど……。その彼氏が靴下を履いてないのは駄目だぞ? 泊まってましたって言ってるのと同じなんだからな?)
まだまだ子供の部分があり、大人になり切れてないのが分かる二人。
大人を欺けていない部分が可愛くもあり不安にもなるが、それでもお互いを支え合って進もうとしているのが直樹は嬉しかった。
(案外……本当に花嫁の父をする日も近いかもな。俺も腹を括るか……。いや……もう少し長く春を傍に置いておきたいんだがなぁ……。後十年ってのは……駄目か……?)
新年早々、春香の将来を考えて悩みまくる直樹だった。




