194話
脱衣所から戻った春香は白いレースの襟がついたスカイブルーのブラウスを着て、オフホワイトのロングのキュロットスカートをはいていた。
(この服は初めて見たな。新年用に買ったのかな?)
とりあえずパンツだけは履いた雄太は着替えを手にソファーに座っていた。
雄太の姿を見た春香は
「アイスコーヒー用意しておくね」
と、笑った。
「あ……烏龍茶で良いよ」
「そう? ならそうするね」
新婚夫婦のような会話をして、雄太はバスルームに向かった。
(あ〜。こう言うの良いな。早く、こう言うのが毎日になったらなぁ〜)
新年早々、雄太の妄想は果てしなく広がって行った。
風呂から上がり、白いタンクトップにチノパン姿でキッチンで料理をしている春香を見詰めながら烏龍茶を飲んでいた。
リビングまで出汁の良い香りが漂って来ていた。
(料理の基本は里美先生に教わって、そこから寿司屋や居酒屋の大将にコツなんかを教えてもらったって言ってたっけ……)
ひもじい思いをしたから料理に興味をもったのだと話していた。
美味しいと言ってもらえるのが最高に嬉しいとも言っていた。
(俺やソルが食べてるのを見てる春香って、幸せって顔してたもんな。初めて弁当を食べさせてもらった時も本当に嬉しそうな顔してたよな)
「ねぇ、味見してくれる?」
お玉と小皿を持った春香が声をかける。
(うはぁ〜。マジ新婚みたいだ)
スキップをしたくなるくらいの気持ちで立ち上がりキッチンに入り小皿を受け取った。
「良い匂いだな」
受け取った小皿に入った白味噌の汁をゴクリと飲んだ。
「うん。美味い」
「そう? 良かったぁ〜。お餅はいくつ?」
「三個食べたい」
そんな会話をしているとインターホンが鳴った。
「あっ‼ 直樹先生達だ。雄太くん、上の服着て」
雄太は慌てて寝室に出しっ放しにしていたトレーナーを着た。
お正月だろうが休日だろうが、一人暮らしの女の子の部屋に朝からタンクトップ姿の男が居たらどう言う事かバレバレだろう。
(里美先生にはバレてるけど、さすがに直樹先生だと怒られそうだもんな)
きちんとトレーナーを着て寝室のドアを閉め、春香と二人で玄関で直樹達を出迎えた。
春香が鍵を開けると着物姿の直樹と里美が居た。
「「明けましておめでとうございます」」
春香と声を揃えて新年の挨拶をすると直樹達は笑顔で答えてくれた。
「明けましておめでとう。春、鷹羽くん」
「おめでとう、春香。おめでとう、鷹羽くん」
「ちょうどお雑煮が出来た処なの」
春香の言葉に直樹達は顔を見合わせた。
「良いのか?」
直樹が訊くと春香は頷いた。
「せっかく用意したんだし食べて行って」
初めて二人で正月を過ごすのだからと思ったが直樹は頷いた。
その時、一瞬直樹が何かを見付け春香と雄太を見た。
「どうかした?」
春香が訊くと直樹は笑って誤魔化した。
四人で食卓に着き、春香の作ったお雑煮を食べた。
「うん。今年も良い味だな」
「本当ね。いつの間にか私を超えたわね」
「そう言ってもらえるのが一番嬉しい」
(これが、東雲の家族の正月の食卓なんだな。ほのぼのしてて良いな)
雄太はほっこりした気持ちで眺めていた。
初めて直樹達とも一緒に食事をしたのに、少しも疎外感を覚えないのはどうしてだろうかと気になった。
(不思議だな……。そう言えば、いつの間にか緊張もなくなってるぞ……)
最初は、初めての夜を過ごした相手の両親と顔を合わせた気不味さもあったのだが、気が付けば当たり前のように話している。
(春香と直樹先生達の人柄……なのかもな)
『何かあったら相談にのるから』と直樹達には言ってもらった。
(優しさに溢れてるんだよな……)
春香にいつの間にか癒やされているのと同じように、直樹達も人を癒せるのだろうと雄太は思った。




