186話
「じゃあ、そろそろ俺達は行くよぉ〜」
梅野が、そう言った時だった。春香は視線は不審な車を捉えた。商店街側からグレーの車が入って来たのだが動きがおかしかった。
12月だと言うのに窓を開けて周囲を伺うようにゆっくりと走っているのも妙だった。
(え……? 何……?)
その視線の動きを見た梅野が真面目な顔をした。
「市村さん、顔は動かさないで。もしかして、グレーのレンタカー?」
「ええ。一度通り過ぎてからバックで戻って、停まったようです。かすかにサイドブレーキの音がしました」
春香は梅野と純也に笑顔を向けた状態で話す。
「もしかして、通用口の梅野さんの車を見付けたんすかね?」
「だろうな。しつこい奴等だなぁ〜。まぁ、かなり時間は稼げたからオッケーとしよう〜。純也、絶対振り向くなよぉ〜」
「うっす」
純也は帽子直すフリをして、少しだけ目深にかぶるようにした。
「俺は正面に車を回して来るから、市村さんは……」
「私は、お見送りしているのを装います」
「え?」
梅野の言葉を遮った春香はキッチリと髪を結び直して『東雲の神子』の顔をした。
「大丈夫です。私が『マッサージ店の従業員が鷹羽雄太のお見送りをしている』と見られれば、ここに雄太くんが居るとは思わないでしょう?」
ニッコリと笑って言う春香を見て、梅野は一瞬間が開いたが笑い返す。
(本当、雄太の為ならこんなに度胸のある女の子になれるんだからなぁ〜)
「塩崎さんは車側に背を向けるような感じで歩いてください」
「了解っす」
梅野は作戦会議をしている二人を見て頷き正面出入口から出て行った。
「市村さん。雄太と良い新年迎えて。もし、嫌だなって思ったら嫌って言って良いっすよ。あいつ、そんな事で市村さんを嫌いになんかならないしさ」
「ありがとう。塩崎さんって、梅野さんや里美先生と同じように言うんですね。鈴掛さんや梅野さんは塩崎さんの事を雄太くんと同じように子供扱いしてるけど、塩崎さん大人ですね」
「そっすか?」
純也は小さな声で話す。
その純也は初めて会った時より純也も大人びて見えた。美味しそうにご飯を食べている時は年相応に見えるけれど、やはり勝負の世界で生きているからか大人になるのが早いのかも知れないと春香は思った。
梅野が車をバックで正面出入口に着けたのを見て、春香と純也は並んで歩き出した。
「また、一緒に飯食いに行きたいっすね」
「はい。今度は私が皆さんにご馳走しますね。塩崎さんの重賞初勝利のお祝いしてないですし」
「楽しみにしてるっす」
純也は、恐らくマスコミと思われる車から顔が見えないように気を付けながら助手席に乗り込んだ。
春香は、お客様を見送る時のように深々とお辞儀をした。
「梅野様、鷹羽様。良いお年をお迎えくださいませ」
レンタカーの窓が少し開いているのを気付いていた春香は少し大きな声で言う。
梅野は軽くクラクションを鳴らすと車をスタートさせた。数秒遅れてグレーのレンタカーは梅野の車を追って行った。
(騎手の休みがお正月だけって知っていて雄太くんが恋人と会うって思ってつけてるんだな……)
雄太のストレスを思うと切なくなりながら、春香は顔を上げ店に戻った。
「里美先生、御節料理はダイニングテーブルの上に置いておきました」
「ありがとう、春香。さ、部屋に戻りなさい。後は、私がやっておくから」
「はい」
春香は清掃業者が慌ただしく動いている店内を後にした。
その背中を見送りながら、里美は直樹に雄太と過ごす事がバレないように祈っていた。
(春香が……大人になるのね……。こんな風に皆に知られてしまっていたら躊躇するんじゃないかって心配したけど、決心は固かったのね……)
雄太に恋をしている事すら自覚してなかった春香。
デートをすると言う事に戸惑い悩んでいた春香。
(本当、子供の成長って早いんだから……)
里美は二階を見上げながら、苦笑いを浮かべた。




