185話
通用口から入ると雄太と純也がコートと帽子を交換していた。
「ありがとな、ソル」
「良いって。俺と雄太の仲だろ?」
純也は笑って雄太のコートに袖を通し帽子をかぶった。
雄太の方が少し背が高くコートの袖は長かったが、車に乗るまでの時間なら分からない程度だろう。
純也は雄太の耳元で
「頑張れってのも変だけど頑張れ。良い新年迎えろよ」
と呟いた。
「サンキュ。ソル」
雄太は小さな声で返した。
春香は純也の先に立って店内へのドアを少し開けた。店内では、待合のソファーに座り女性従業員の視線を集めている梅野が見えた。
女性従業員は梅野に釘付けで、こちらの動きを気にしている人間は居なかった。
「大丈夫です」
春香の声に純也は頷き、雄太に手を振って店内に入った。
ドアを閉めると春香は雄太の方を振り返った。二人きりになると、やはり少し気恥ずかしく思ったが近付き抱き合った。
「春香……。会いたかった……」
「私も会いたかったの……」
店内から女性従業員達の笑い声が微かに聞こえる。
「あれ? そう言えば直樹先生は?」
店に入った時、直樹の姿がなかった事にホッとしたのを思い出した。
「直樹先生は二階の倉庫で商店街の皆さんに配る御年賀の最終チェックしてるよ」
倉庫とは言うが防犯カメラのモニターやスタッフの更衣室などもあるスタッフルームのような物。
構造的には春香の自宅の隣になる。
(じゃあ、そっと春香の部屋に行かないとな……。さすがに直樹先生が春香の自宅に泊まるのを許してくれるとは思えないもんなぁ……)
春香が里美から直樹が花嫁の父モードになっていると聞いたと話していたのを思い出す。
(春香の事、本当の娘のように可愛がってんだよな。春香も直樹先生と里美先生を実の親のように思ってるし)
二人は物音を立てないように、そぉ〜っと階段を登り春香の自宅に向かった。
自宅のドアを開けて春香は雄太の手を握ってリビングに入った。
「コーヒー淹れてあるから飲んでて。私、一旦店に戻るから」
「うん」
雄太は軽くキスをした。
(今は我慢……。後で、ゆっくりキスしよう……)
春香はリビングのテーブルに置いておいた紙袋二つを手に店に戻った。
✤✤✤
店内に続くドアを開けると女性従業員達は帰宅しており、里美と梅野、雄太のフリをした純也の三人だけになっていた。
里美は各所のブラインドを閉めるなど閉店作業をしていた。
出入り口の両脇にある門松が新年を迎える事を感じさせる。
(今年は色々あったなぁ……)
ここで過ごすようになって一番変化があった一年だなと春香は思った。
春香は清掃業者が出入りしている正面入口に背を向けた梅野と純也に頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
どこからマスコミが見ていても良いように『施術者市村春香』の顔をする。
梅野と純也は軽く手を挙げる。春香は二人に近付きながら、さり気なく外を見た。
(どこからか見てるのかなぁ……)
雄太は春香の身バレを心配しているが、春香は雄太のストレスを心配していた。
「これ、お二人に。御年賀だと思って受け取ってください」
春香は梅野にワインを手渡し、純也には大量のクッキーを手渡した。
「ありがとう、市村さん」
「ありがとうっす」
二人は紙袋を受け取るとニッコリと笑った。
「お二人には、色々助けていただきました。感謝しています」
一年の感謝の言葉を心を込めて伝えた。悩む事も多かったが、皆に支えられた事にはいくら感謝してもし足りないと思っている。
「良い夜をね」
梅野が小さな声で言うと、春香の頬が赤くなった。
「はい」
春香の恥ずかしそうな……それでいて嬉しそうな顔を見て
(市村さん、良い顔してるなぁ〜。覚悟を決めた良い顔だなぁ〜。こんな良い顔が出来るようになって良かったなぁ〜。あの頃とは大違いだぁ〜)
と梅野は笑えなかった頃の春香を思い出していた。




