184話
梅野の車は駅前のロータリーの手前を川沿いに向かって走る。その後をグレーのレンタカーはついて来た。
「ほぼ確定だなぁ〜」
梅野は呑気に言うと商店街の方へ曲がった。商店街は一方通行になっている。
「雄太ぁ〜。ケーキ屋の前に車停めるから、ダッシュでケーキ買って来い〜」
「はい」
梅野は、そう言うとケーキ屋の真ん前に車を停めた。すると、グレーのレンタカーはケーキ屋の二軒手前の店の前に急ブレーキをかけ停止した。
「やっぱなぁ〜」
「ですね……。行って来ます」
雄太は急いで車から降りてケーキ屋入った。
いくつかケーキを選び会計をしているとグレーのレンタカーはゆっくりと商店街を駅方向に向かって走り出していた。
(え?)
なぜ車が行ったのか分からないが雄太はダッシュで車に乗り込んだ。
直後、梅野は車をスタートさせた。
「あの車、何で行ったんですか?」
「ああ、彼奴が停めた店の前は駐車スペースないから店主が出て来て退けろって言ったんだよぉ〜」
「成る程」
もう一度、商店街に戻るには一度駅前に出なければならない。それなりに時間はかかる。
梅野は商店街を少し駅寄りに行き、東雲のある通りへと抜けた。そして、通用口に車を停める。
「純也、市村さんの合図があるまでジッとしとけよぉ〜?」
「了解っす」
梅野に言われ純也はそのままの姿勢で答えた。
「サンキュ、ソル」
「おう。上手くやれよ」
「ああ」
雄太は運転席と助手席の間に突き出された純也の拳に自分の拳を軽く当てて車を降りた。
(まだ……戻って来てなさそうだな……)
雄太は不自然にならないように周りを見回して、梅野と並んで東雲の正面入り口から店内に入った。
東雲の店内では一年の締め括りのミーティングが行われていた。梅野の姿を見て女性従業員の目が輝いていた。
「皆さん、今年一年お世話になりましたぁ〜。これ、差し入れですぅ〜」
梅野が目一杯の営業スマイルをしながら、雄太が買って来たケーキの箱を差し出した。
皆の視線が梅野に釘付けになっている隙に、里美は『Staff Only』と書かれたドアを開けた。
「行きなさい。春香が待ってるわ」
里美は小声で話す。
電話で里美に夜を過ごす事を話してしまったと春香は言っていたが、すんなりと許しをもらえると雄太は思っていなかった。
「ありがとうございます……」
腰を屈めながら小さな声で礼を述べると雄太はドアを抜けた。
「雄太くん」
通用口に向かう通路で春香は施術着姿で待っていた。
「春香」
駆け寄って抱き締めた。久し振りの春香の温もりが嬉しかった。
だが、時間がないと思い直し体を離す。
「塩崎さん、呼んで来るね。雄太くんは階段の途中まで上がってて。真ん中ぐらいまで登れば外からは見えないから」
春香は通用口のドアノブに手をかけながら振り返った。
「ああ」
雄太はなるべく足音を立てないように階段の中程まで上った。それを見た春香は少しドアを開けゆっくりと外へ出た。
(うん。周りに人影もないし、車も居ない……)
周囲を確認して梅野の車に近付き、後部座席の窓を軽く叩いた。
モゾモゾと後部座席の毛布が動き、春香は助手席のドアをそっと開けた。
「チィーッス」
純也は小声で言うと車を降り、身を小さくした。
春香は、もう一度周りを見回して通用口のドアを開けた。
「雄太くんは階段に居ます」
純也は頷くと素早く中に入った。
春香は、もう一度周りを確認して、なるべく音を立てないようにドアを閉めた。
(里美先生だけでなく梅野さんや塩崎さんにも知られちゃって……。恥ずかしいな……。でも……私は……)
いつか、こう言う日が来るだろうとは思ってはいたけれど、まさかこんな大勢の人達を巻き込み知られるとは思っていなかった春香は苦笑いを浮かべた。




