183話
12月31日11:30少し前
梅野は雄太の自宅に訪れていた。
「こんにちは、理保さん。よ、雄太ぁ〜」
「梅野さん。ソルと一緒じゃなかったんですか?」
「純也は部屋で飾り付けとかの作業してるぜ〜」
二人は事前に打ち合わせした通りに話す。雄太の背後に理保が居るからだ。
「梅野くん、近くなのに迎えに来てくれたのね。ありがとう」
「パーティーの買い物を一緒に行くついでに昼飯一緒にするんですよぉ〜」
理保とにこやかに言葉を交わす梅野。
(梅野さん、役者だなぁ……。イケメン俳優だ。俺、不自然じゃなかったかな?)
母に嘘を吐く事に少し胸が痛んだが、まさか『彼女の家に泊まりに行く』とはさすがに言える訳がない。
「じゃあ、行って来るよ」
雄太は理保に軽く手を振ると梅野の車に乗り込んだ。
(今のところ、上手く行ってるよな……)
自宅前の坂道を下ると梅野の車は草津方面へと走り出した。
「理保さん、疑ってる感じはなかったなぁ〜」
「はい。まぁ、正月は父の関係者が入れ替わり立ち替わり来るので、そっちに気が行ってるのかも知れません」
「成る程なぁ〜」
父からは家に居るようにとは言われたが、父側に付き春香との交際を良く思っていない人間と顔を合わせたくないと断った。
(正月早々、嫌な思いはしたくない。辰野調教師と、どうしてあんなに考え方が違うんだろう……)
辰野は調教師の中でも歳がいっている。それなのに考え方は慎一郎達より柔軟性があり、若い騎手にも慕われていた。
「純也、酔ってないかぁ〜?」
梅野が後部座席に声をかけた。
「大丈夫っすよ」
後部座席で毛布にくるまっているのは純也。狭いスポーツカーの後部座席に小さくなって寝転んでいる。
「悪いな、ソル」
「良いって。気にすんなよ」
梅野が立てた『雄太を東雲に送る作戦』はシンプルだった。
梅野の車の後部座席に純也が隠れ、雄太を迎えに行く。東雲に着いたら梅野と雄太は正面から入り、通用口から純也が店内に入り、雄太とコートと帽子を交換して梅野と純也は寮に帰ると言うもの。
(マスコミの奴等が居なかったら、こんな事しなくても良かったのに……)
当初、雄太は梅野達とカウントダウンパーティーをすると言う事で寮に泊まると理保に言う予定だった。
だが、29日の夕方。純也がランニング中に雄太の自宅にカメラを向けていた不審な車を見付けた事で梅野が作戦をたてたのだ。
(春香と初エッチがこんなに周りを巻き込む事になるとはなぁ……)
こっそりと春香の家に泊まり、二人で新年を迎えるはずだった。
(俺の車じゃバレるだろうって事で梅野さんに車出してもらわなきゃなんなくなったし、ソルを身代わりにしなきゃなんなくなったし……)
男同士とは言え恥ずかしい気持ちもあったが、この二人の協力がなかったら春香の身元がマスコミに知られるかも知れないと思うと背に腹は代えられないと思ったのだ。
春香にも電話で伝えた。一瞬言葉に詰まった春香だったが
「恥ずかしいけど……私も出来る事をするね」
と、この作戦で行く事になった。
(春香にしたら俺とエッチしますって宣言してるようなモンだもんな……。それでも良いって思ってくれたんだよな……)
恋愛関係には、かなり恥ずかしがる春香にすれば清水の舞台から飛び降りると言うぐらいの覚悟だっただろう。
「ん?」
梅野がバックミラーをチラッと見て怪訝な顔をした。
「どうかしました?」
「振り返るなよぉ〜? 後ろについてる車が怪しいんだよなぁ……」
雄太はバックミラーの方をチラリと見た。
濃いグレーの車が不自然なくらいの車間距離をとりながらついて来ていた。
「梅野さん……。あれ、レンタカーですよ……」
「ナンバープレート見えたのかぁ〜? ちょっと遠回りして様子見するぞぉ〜?」
梅野は、そう言うと東雲に行く道を一本通り過ぎて駅前への道を入って行った。




