169話
デートの数日後
慎一郎は調教を終えた雄太を呼び止め、開いた雑誌を突き付けた。
「雄太、これは何だ?」
「え?」
親子であってもトレセン内では調教師と騎手として接していたはずの慎一郎が、どこからどう見ても父親の顔をしていた。
慎一郎から見せられた雑誌には、手を繋いで歩いている雄太と春香、抹茶ソフトを食べさせてもらっている雄太の笑顔の写真などが載っていた。
(これ……この前、京都に行った時の……)
『競馬界の期待の星 鷹羽雄太(18) 熱愛か?』
と大きく書かれていた。
「お前は、まだデビューして一年にもならない半人前だろっ‼ そんな分際で女にうつつを抜かして何をしているっ‼」
慎一郎の言い草にカチンと来た雄太が声を荒げた。
「確かに俺は半人前だけどっ‼ 競馬を疎かにした覚えはないし、春香にうつつを抜かしているつもりはないっ‼」
慎一郎は息を飲んだ。今まで一度たりとも自分に対してこのような声を荒げた事がなかったからだ。
確かに意志の強さは感じていたし、頑固な部分はあったが、反抗期らしい反抗期はなかった。
「お前は、この女の所為でっ‼」
「この女とか言うなっ‼ 俺の大切な……」
「やめないかっ‼ 雄太っ‼ 慎一郎っ‼」
大きな声で言い争いを遮ったのは、雄太が所属している厩舎の調教師辰野。
「調教師……」
雄太は小さく呟く。慎一郎も黙った。辰野は慎一郎の現役時代の先輩騎手であり、調教師としても先輩にあたる。
「慎一郎。お前は今、父親として言っているのか? それとも調教師として言っているのか? 父親としてなら親子喧嘩は家に帰ってからにしろ。ここは職場だ。調教師としてなら、雄太に意見するのは儂の仕事だ。雄太はうちの所属なんだからな。違うか?」
辰野にビシッと言われて慎一郎はグッと拳を握り締めた。
「……すみません、辰野調教師。雄太、話は家に帰ってからだ」
「……分かった」
雄太が答えると、慎一郎は辰野に頭を下げると二人に背を向けて立ち去った。
(迂闊だった……。まさか休みの日にこんな写真を撮ろうとしていた奴が居たなんて……。春香の顔は分からなくしているけど……)
雄太は雑誌をギュッと握り締めた。
「雄太」
「あ……。はい、調教師」
雄太は姿勢を正して辰野に返事をする。
「お前が、付き合ってもない女の子とこんな風に遊びに行くとは思ってないがあえて訊くぞ? この女の子はお前の恋人……なんだな?」
「はい」
辰野は、自分を真っすぐに見て答えた雄太に安心した。
「いつから付き合ってるんだ?」
「10月12日からです」
「そうか。お前はこの女の子と付き合いを始めても、朝遅刻をしたり調教中やレースでも気が散っている感じはなかったな」
もし、恋人が出来た事が原因で集中力を欠いていたなら辰野には分かったはずだ。
「仕事を疎かにする事は、彼女が嫌がる事ですから」
「そうなのか。いつ会ってるんだ? 仕事終わりか?」
「いえ、月曜日だけです。彼女の仕事が終わる頃には俺は寝ないといけない時間が近いので。電話も金曜日の朝、調整ルームに行く前と日曜日の夜だけです。急用以外は……ですが」
辰野は雄太の答えに目を丸くする。
「彼女は俺の仕事を理解してくれています。夜中に会いたいとか言う女性じゃありません。週に一回しか会ってないけど、デートしてない時はマッサージしてもらったりしてます」
「マッサージ?」
「彼女は草津でマッサージ師として働いています。そこの常連客には鈴掛先輩や梅野先輩もいます」
良く言えば素直。悪く言えば単純な雄太が嘘を吐いているようには見えないと辰野は思った。
(ふむ……。雄太がここまで惚れ込んでいるのか……。騎手の仕事を理解してくれる若い女の子がいるとはな……)
辰野は、まだあどけなさの残る雄太の顔をジッと見た。




