167話
翌週、雄太は新人最多勝を樹立した。だが、メインレースの一着はなくマッサージを受けに春香の自宅を訪れていた。
マッサージの後、食事をしてからコーヒーを飲みながらゆっくりと話をしていた。
「雄太くん、お祝いしたいんだけど……駄目?」
「駄目だって言ったろ? 何も買わなくて良いからな?」
雄太に言われて春香はプゥっと頬を膨らませる。
(分かりやすい拗ね方だよな。可愛いんだから)
春香が拗ねるのも何回目だろうと思いながら、指で頬をつつく。
「そんなにお祝いしたい?」
「うんっ‼」
パァッと顔を輝かせて頷く。
「じゃあ、デートしよう。来週の月曜日、週末のメインに勝っても負けても外デート」
「それってお祝いになる?」
「春香がデートプラン考えてくれるのがお祝い。そうだな。普通の恋人っぽいデートプラン考えて」
デートをした事がなかった春香がどんなプランを考えて来るかは分からない。ただ、ブラブラと手を繋いで歩くだけでも良い。
「場所は?」
「そうだな。京都に行こうか? 近いし」
「京都? あのね、私行ってみたい所があるの」
二人で京都に行くのは、オーダーのスーツの受け取りに行った時以来になる。
「うん。じゃあ、そこを含めて行こうな?」
「うんっ‼」
✤✤✤
「えっとね、最初はここなの」
わざわざガイドブックを買い求め店でコピーして来た紙を雄太に見せる。
「じゃあ、行こう」
二人で車を降り、手を繋いで歩く。11月の京都は寒いだろうと思い雄太は春香にスカートやワンピースは着ないように言っていた為、ブラックジーンズにロングブーツ。コートはオフホワイトのダッフルコート。雄太はストーンウォッシュのジーンズに黒いダッフルコートにした。
(いかにもって感じのペアルックは、さすがに恥ずかしいしなぁ……)
春香からもペアルックを着たいとは言って来なかった。そもそも春香に恋人同士になったらペアルックを着ると言う概念があるのかどうか怪しいものだったが。
しばらく歩くとカチャン、カチャンとリズミカルな金属音が聞こえた。そして、甘くて香ばしい香りがして来ていた。
「あそこだね」
春香が行きたいと言ったのはカステラ饅頭の店。出張施術に行った先でお土産にと手渡された物が気に入ったのだった。店頭に行けば焼き立てが買えると知ってから、どうしても行きたかったのだ。
「へぇ〜。焼いてる所が見られるんだ?」
硝子張りの製造ブースに春香は釘付けになっていた。
(目がキラキラしてんだけど)
雄太は、そんな春香を見ているだけで、せっかくG1に出走しても勝てなかった悔しさがゆっくりと癒やされる。
(諦める気なんてさらさらない。簡単に勝てるとも思ってない。次に騎乗依頼もらう為には、情けない乗り方はしない。引き摺らず反省して行く。その為にも春香の笑顔を見たいんだ)
春香の隣に並んで製造過程を見た後、焼き立てを買い求める。紙に挟まれた小さなカステラ饅頭を頬張る。
「あ、美味い」
「美味しいね」
優しい甘さと上品な白餡が口の中に広がる。お土産用を買い求めて二人はブラブラと歩き出した。
観光客に混じり、アチコチの店を覗いて歩く。昔ながらの店や若者向けの店。京都らしい土産物の店。
「ここで、簪を買うんだっけ?」
「うん。お正月に着物を着る時のが欲しいんだぁ〜」
(春香の着物姿かぁ〜。見たいな。元日は休みだし見られるよな)
月曜日以外での休みの元日。春香の着物姿が見られたらと思うとワクワクしてしまった。
「こっちも良いなぁ〜。ね、雄太くんは、どっちが良いと思う?」
「え? う〜ん。こっちかな?」
雄太は春香が着けている処を想像しながら答えた。
「うん。じゃあ、これにしよっと」
(よし。元日は一緒に出掛けようっと。着物姿の春香とデートなんて最高だな)
雄太の心は年末を一気に飛び越えた。




