166話
11月8日 京都競馬場
15:35発走 10R 第48回菊花賞 G1 芝3000m
(G1……。何度も見たG1……。夢見たG1……。俺……ここまで来れたんだ……)
思いっきり息を吸い込む。冬の空気が胸一杯に広がる。
「頑張ろうな。お前とは一着になった事あるしさ。精一杯やろうな? あっと言わせてやろうぜ?」
トントンと首を叩くとブルルっと相棒は答えてくれた。
春香は、ドキドキとしながらジッと馬場とビジョンを見ていた。返し馬で雄太を見た時から涙が溢れそうになっていた。
(雄太くん、G1に出られたんだ……。本当に嬉しい……。こんな凄い人が私の彼氏なんて……夢を見てるみたい……)
多くの人達で溢れる京都競馬場。本馬場入場の時から、ボルテージはマックスと言った感じだった。
(勝って欲しい……。でも、一番は無事に帰って来て欲しいって思う……)
ファンファーレが高らかに鳴り響く。七万人の観客の歓声が上がる。
ガシャンっ‼
ゲートが開いた。雄太は二番手に付けていた。
(雄太くん……。雄太くん……)
一周目、正面スタンド前を雄太は二着で通り過ぎて行った。周りの声が春香の耳に届く。
「おいおい。新人が二番手だぞ?」
「この前、G2の京都新聞杯獲った奴だよな?」
ザワザワとした声が漏れ聞こえて来る。
(新人だけど……雄太くんなら頑張れるんだから……)
3コーナーを過ぎると雄太は先頭に立った。そのまま、4コーナーを過ぎ直線コースに向いても雄太は先頭をキープしていた。
「このまま行くのか?」
「新人がG1穫るとかないだろ」
ゴールまで数百mと言う所で、後続馬が差を詰めて来た。
(雄太くんっ‼ 最後まで頑張ってっ‼)
後少しの所で後続馬にかわされた雄太は掲示板外だった。
「惜しいな。良い感じだったのにな」
「俺、あのまま一着かと思ったぞ」
「スゲーよ、あの新人」
「おい、新人がダービー馬に先着したぞ?」
一着になった馬の馬券を買っていた人達は高配当に喜びにわいていた。その中からも、雄太の騎乗や馬への賛辞も聞こえた来た。
(雄太くん……。凄かった……。無事で良かった……)
一着でもなく、掲示板に載る事も出来なかったが、デビュー一年目にしてG1に出場が出来た雄太に思いを込めて拍手をしていた春香だった。
全てのレースを終えて拘束解除になった雄太を春香は待ち合わせの場所で待っていた。
「雄太くんっ‼」
車から降りた雄太に駆け寄り春香は思いっきり抱きついた。
「は……春香?」
春香は、そのまま胸に顔を押し当てていた。
(もしかして俺以上に悔しがってる?)
雄太もしっかりと春香の体を抱き締めて髪を撫でた。しばらくすると春香は顔を上げた。
「雄太くん格好良かった。最高に格好良かった。ドキドキして……私……雄太くんを好きって気持ちがいっぱいになった」
(掲示板に載れなかったのに……。それでもこんなに喜んでくれるんだ……)
「馬も一生懸命頑張ってたね。人参いっぱいプレゼントしたいぐらいだよ。調教してくれた調教師にも、お世話してくれた厩務員さんにも感謝しなきゃだね」
競馬を見た事もなかった春香が自分だけでなく、馬の頑張りを褒めている。調教師にも厩務員にも感謝をしている。
「雄太くん。無事帰って来てくれてありがとう」
(駄目だ、俺。春香には絶対敵わない……。俺にはもったいないぐらいの良い彼女だ……)
潤んだ瞳で見上げてそう言った春香に愛おしさが込み上げて来て思いっきり抱き締めた。
「ありがとう、春香。今日来てくれて。俺の勝利と無事を祈ってくれて」
「うん。私も凄い雄太くんを見られて嬉しい。ありがとう」
腕を緩めて春香を見詰める。
(いつか……いつかG1を獲って春香に……)
新たな決心を胸に雄太は周りを見渡して人がいないのを確認してから春香にキスをした。




