16話
「はい。どうぞ」
その声に顔を上げると、春香が絞った温かいタオルを差し出してくれていた。
「ありがとうございます」
雄太はタオルを受け取り手を拭いた。
(温かいタオル 嬉しいな……。この人は鈴掛さん達が寝てたのに気付いたり、俺が手汗かいてたのも気付ける人なんだ……)
そう思いながら、自分の足元に膝を着き足に付いたジェルを綺麗に拭っていく春香を見る。
「今日の施術はここまでです。タカバネさん、明日も来店出来ますか?」
足を拭いながら、春香が訊く。
「明日? 何時ぐらいですか?」
「明日は休みにしてあるんで何時でも良いですよ。タカバネさんの予定に合わせられます」
春香は使い終わったタオルをまとめて手洗い場に置いて、新しいタオルで手を拭いた。
そして、デスクの引き出しを開け中からラベンダー色の名刺を取り出し雄太に差し出した。
「予定がはっきりしたら、お電話ください。その際に、お名前とこの数字を伝えてくださいね」
『東雲マッサージ 市村春香 A1051991』
「この数字はIDですか?」
雄太が訊くと、鈴掛が施術用ベッドから降り靴を履きながら答える。
「春香ちゃんはVIP専用施術師だから、そう言う固有IDが必要なんだよ。VIPを騙る不届き者が居るからな。紹介者もIDもない奴には『特別料金』が加算されて請求されんだよ」
鈴掛はそう言って、意味ありげにニヤリと笑う。
「まぁ、そんな感じです」
春香は少し困った顔をしながら笑うと、開け放ってあるドアに近付き 間接照明だけになった待ち合いに声をかけた。
「直樹先生。お願いします」
「おう。今、行く」
待ち合いで里美と話していた直樹が、真新しい包帯と湿布を持ってVIPルームに入って来た。
『何で?』と言いたげに顔を見合わせる雄太と純也。
「あぁ。春は免許持ってないから、湿布とか出来ないんだ」
直樹は笑いながら言う。
世の中には専門的な事が多くある。自分達の仕事も、世間では理解されない部分もあると知っている二人は黙って頷いた。




