165話
雄太は楽しそうに唐揚げを揚げている春香を見ていた。
(あぁ……。良いなぁ……。こう言うのって……)
初めて好きな女の子が料理をしている姿を見て、やはり『結婚』と言う二文字が浮かぶ。
(まだ俺はプロポーズ出来る程の実績がある訳じゃないからな……。やっぱりG1を獲れるくらいにならないと……)
春香の手料理を堪能し、夕方までゆっくりと話をしてから寮へと送ってもらった。
「それじゃまたね」
「うん。後で電話するよ」
「待ってるね」
短い会話をして春香は自宅へと戻って行った。春香のベンツを見送りながら雄太は手を振っていた。
「なぁ、雄太。俺さ、やっぱ雄太が羨ましい」
「へ?」
純也はタッパーに詰めてもらった唐揚げを大切そうに抱えながら笑う。
「優しくて、料理が上手で、騎手の仕事を理解してくれて、金持ってんのにそんな事感じさせなくて、派手じゃなくて、人付き合い苦手だって言いながら彼氏の友達とかにも気遣い出来て、マッサージも上手い彼女ってサイコーだなって思った」
「何だよ。言っとくけど惚れんなよ? まぁ、ソルが惚れたとしても譲るつもりはないからな。春香は俺のだから」
「さり気なくノロケんなって」
雄太がニヤリと笑うと純也もニヤリと笑った。
✤✤✤
木曜日の夜
「春香っ‼ 重大発表だっ‼」
『え? な……何かあったの?』
「俺っ‼ G1に出られる事が決定したっ‼」
雄太は興奮を抑えられなかった。絶対に声が大きくなり、家族に春香との会話を聞かれる事を危惧して、自宅近くの公衆電話のボックスに居た。
『G1……?』
「そうっ‼ 11月8日の菊花賞っ‼ まだデビューして一年も経ってないのにG1に出られるなんて夢のようだよっ‼ ……もしもし? 春香?」
G1と呟いた後、春香は何も言わなくなってしまった。どうかしたのかと雄太は焦った。
「春香? 聞こえ……え?」
受話器から聞こえて来たのは泣き声だった。
『グスッ……ウック……ヒック……ウック……グスッ』
(春香……)
付き合い始めて、まだ一ヶ月にもなっていないのに、この報告は嬉しいなんて言葉では表せないぐらいに嬉しかったのだ。そう思うと春香は涙を止める事が出来なくなっていた。
『ご……ごめんね……。グスッ。あんまりにも……嬉し過ぎて……』
「ありがとう、春香。俺さ、G1に出られるのは本当に嬉しいんだ。それで、一緒に喜んでくれる春香が居てくれて、嬉しさが倍増してるんだ」
『雄太くん……』
まだまだ未熟な自分に騎乗依頼してくれた調教師や馬主にも感謝した。たまたま一緒に居た鈴掛と梅野にも喜んでもらえた。
そして、G1の出場を泣いて喜んでくれる恋人の存在。
「絶対に勝つなんて言えない。けど、後悔するような乗り方はしない。春香に誓うよ」
『うん。あの……もし……雄太くんが良かったらなんだけど……応援に行きたいって言ったら迷惑……かな……?』
「え? 大丈夫なのか?」
予約があれば競馬場に行く事は出来ない。それは、付き合うと決めた時に決めたルールに反する。
『ミーティングの時に確認した時には、まだ予約は入ってなかったの。私、初めてG1に出場する雄太くんを競馬場で見たい。応援したい』
初めて春香から『応援しに行きたい』との申し出に胸が熱くなる。今までも何度も『競馬場で応援出来たらなぁ〜』とは言っていたが、はっきりと『行きたい』と言われたのは初めてだった。
(春香に来てもらいたい……。見ていて欲しい……。俺が集中出来るなら……。いや、集中しなきゃいけないんだ)
雄太はグッと受話器を握り締めた。
「春香に来て応援して欲しい気持ちは、正直あるんだ。初めての重賞の時も本当は見ていて欲しかったんだ」
『うん』
「11月8日京都競馬場に来て応援して欲しい」
『うん。私、行くよ』
雄太の夢は、また一歩進んだ。




