162話
施術部屋には施術用ベッドとメタルラックが置かれていた。メタルラックの棚には籠が置かれていて、バスタオルやフェイスタオルが準備されていた。
「雄太はさ、彼女の前で他の野郎が裸になんの気になんねぇの?」
純也は服を脱ぎながら訊いた。
「え? あ〜。そりゃ、何でもない時に春香の前で服を脱ぐ奴が居たらぶん殴りたくなるけど、施術だしな。そもそも春香の仕事は裸の男……全部ではないけど、裸の人を相手にする事もあるし」
そこまで言って、雄太の中に軽い嫉妬心が芽生える。
(駄目だ、駄目だ。春香の仕事を理解しなきゃ……。嫉妬してどうすんだよ)
「お待たせしました。塩崎さん、寒くないですか? 寒かったら暖房強くしますけど」
春香はラックからバスタオルを取り出し、施術用ベッドに広げながら訊ねた。
「あ、大丈夫っすよ」
「そうですか? なら、横になってください」
春香に言われて純也はうつ伏せに横になった。ゆっくりと春香の指が純也の背中に触れる。
「ここから……ここ……」
小さな声が響く。雄太は部屋の隅に座って見ていた。
(あ……。そう言えば、春香が施術してるのを見るのって初めてだな)
時折、純也の顔が痛みに歪んでいる。
(うん。寮で触れた時より、状況はしっかり分かったな。なら、私のやる事はいつもと同じよね)
「それじゃあ、始めますね」
「お……お願いするっす」
(まさか……親友の彼女の前で半ケツさらすとは……)
純也は複雑な思いをしていたが春香は全く気にしてないようでジェルを手に取り施術を始めた。
(スゲー……。これが『神の手』なんだ……)
最初は何度か痛みが走ったが、十分もすると痛みが引いたのを純也は感じていた。
「どうですか? 楽になりました?」
「はいっす。てか、一個訊いて良いっすか?」
「何ですか?」
背中の施術の後、足をマッサージされながら純也が訊ねる。
「『神の手』って、どう言うモンなんすか?」
「あ、俺も訊きたい」
純也の質問に雄太が乗っかる。ずっと疑問だったのだ。
「ん〜。そうですね……。『痛いの痛いの飛んでけ』……かな?」
「へ?」
「は?」
春香の答えに二人は間抜けな声が出た。
「私もよく分かってないんですよね。えっと……心の中にスイッチみたいなのがあって、そのスイッチを入れて『痛いの痛いの飛んでけ』なんですよ。分かります?」
「……全然、分からない……」
「……全く分かんねぇっす」
「ですよね」
春香自身が分からない事が雄太や純也に分かるはずもなく、一瞬の間があった後、三人で声を出して笑った。
「それと……市村さんの通常のマッサージは三十分五万円なんすよね? 俺、『神の手』まで使ってもらったし、やっぱ料金を……」
「受け取りませんよ?」
「けどさぁ……」
『神の手』は雄太の借りを返す事だとしても、しっかりマッサージまでしてもらっているのだからと純也は食い下がる。
「じゃあ、料金の代わりに私の友達になってください」
「友達……っすか?」
「はい。雄太くんの親友で私の友達です。だから料金は要りません」
交換条件が『友達』と聞いて純也はチラッと雄太を見た。
「雄太ぁ……」
親友の彼女の友達になっても良いものか迷うし、雄太が自分の彼女が野郎の友達を作っても良いものかとも思い助け舟を求めた。
(友達……か……。春香には友達が居ない……。同い年の梅野さんでさえ、春香にとっては兄のような感じって言ってたっけ……。この先、ソルとも会ったりするだろうし……)
「俺は良いぞ。なんたってここは春香の自宅だし、友達なら料金は発生しないよな」
雄太の言葉に春香はニッコリと笑って頷いた。
「それに春香は頑固だからな。一度言い出したら聞かないぞ?」
「彼氏の雄太くんの許可も出たし、今から塩崎さんは私の友達です」
(何てお人好しカップルだよ。負けた、負けた。敵わねぇ)
二人がかりで言われては了承するしかない純也は笑うしかなかった。




