157話
「春香に相談してみるか?」
素人があれこれ考えたり、何かするより、プロである春香に相談した方が良いと雄太は思い、純也に提案してみる。
「市村さんに? でも、デートじゃないのか? あ、今日はマッサージの日だっけ?」
純也は前に話していた事を覚えていたようだった。
「ああ。今日はマッサージしてもらって、春香の手料理をご馳走してもらうんだよ」
「ん……。でも、せっかくの二人っきりだろ? 週に一回の。俺が居たら邪魔じゃないか……?」
確かに週に一度しか会えないのだが、親友が困っているのを見て見ぬ振りが出来る雄太ではない。
「そんな事言ってたら週末乗れないかも知れないだろ? 騎乗依頼来てるんだしさ。俺達新人が騎乗依頼してもらえるなんて先輩達に比べたら少ないんだし、一つでも多く乗りたいだろ?」
雄太の正論に純也は黙ってしまった。新人は実績を積み上げたくても、騎乗依頼はやはり腕のある先輩達に行ってしまう。
実績を積み上げるなら来た騎乗依頼を飛ばす事はデメリットしかない。
「もう少ししたら春香が迎えに来てくれるんだ。とりあえず相談しよう」
「うん。分かった」
純也は何度も座り直しながら朝食を食べ進めた。
(ソルがお代わりしないなんてな……。余程痛いのか……?)
ふと、春香が筋肉に疲労を蓄積させてはいけないのだと言っていたのを思い出す。
(俺、春香と出会ってなかったらソルみたいになってたかも……。若いからって油断しちゃ駄目だって言われたもんな……。あの日、捻挫しなかったら春香とも出会ってなかっただろうし……な。怪我の功名って奴だったのかもな)
9時少し前
春香は寮長から許可をもらい食堂に居た。ソファーに横になった純也の背中を一通り触り少し難しい顔をした。
「塩崎さん。とりあえず施術しましょう。一緒に来てください」
「や……でも……。俺、市村さんに施術してもらえる程の余裕は……」
春香の施術料金を知っている純也は尻込みをしてしまう。
「何を言ってるんですか。塩崎さんは雄太くんの大切な親友です。だったら、私にとっても大切な人です。良いから行きますよ。雄太くん、塩崎さんの上着を取って来てあげてください」
「分かった。ソル、部屋は開いてるな?」
キリッとしたプロの顔をした春香が言うと純也は言葉に詰まり、力なく頷いた。
(市村さん、雄太の親友の俺を大切って……)
春香は困っている人を放っておけないのだと鈴掛は言っていた。しかし、春香はボランティアをしている訳ではない。れっきとしたプロのマッサージ師なのだ。
恋人の雄太をマッサージするのは分かるが、恋人の親友が甘える訳にもいかないと思ってしまう。
「市村さん……。やっぱり……」
「やっぱりはなしです。塩崎さんは雄太くんが捻挫した時、ずっと付き添ってくれてたんでしょう? なら、その時のお返しだと思ってください」
春香が周りに聞こえないように小さな声で
「お返しなんだから、施術費用は要りません。分かりました?」
と、言った。
「や、ちょっ‼ さすがにそれは……。しかも借りは雄太が返すもんであって市村さんじゃ……」
「雄太くんが、塩崎さんを診てくれって言った時点で雄太くんが返したのと同じです。言わば私は下請けです。何か問題がありますか?」
何とか食い下がってみるが、見事なまでに言い返されてしまった。
(何か、スゲー屁理屈って言うか言いくるめられてないか? 俺……)
普段のホワホワした春香と違って神子モードの春香には絶対に敵わない気がして来た。
(雄太の面倒をみたからって『東雲の神子』のマッサージを予約なし休日出勤がタダって俺の方が得じゃね? 雄太の施術費用サービスなしだったら百万近かったんじゃなかったか? てか、市村さんどんだけ雄太に惚れてんだよ……。恩返しの下請けなんて聞いた事がないぞ?)
純也は、有り得ないくらいにお人好しな春香をこっそりと見て笑った。




