155話
「あぁ〜。そうか。まだ雄太の誕生日を祝った事ないんだっけか」
鈴掛は猪口を持った手を止めて、雄太と春香を見た。
「はい。来年のお誕生日が楽しみなんです」
「嬉しいけど、あんまり高い物は買っちゃ駄目だからな?」
「初めてお祝いする誕生日くらい許してくれても良いのにぃ〜」
そう言って春香はプウっと頬を膨らませたが、鈴掛達の視線に気付き雄太の腕に顔を付けて隠れるような素振りを見せた。どうやら拗ねた顔を見られた事が恥ずかしくなったようだ。
(春香ちゃんが人前で拗ねてる……。こんな可愛い年頃の女の子らしい仕草が出来るようになったんだなぁ……)
暗い表情の多かった頃を知っている鈴掛としては感慨深かった。そして、二人の会話を聞いていた梅野が不思議そうな顔をする。
「高い物買うなって、どう言う事なんだぁ〜?」
「春香が俺に使う金額が半端ないんで、制限を掛けてるんですよ」
三人は雄太の左手首の腕時計に視線を送った。
「まぁ……分かるな」
「だねぇ〜」
「確かに」
三人が揃って苦笑いを浮かべながら口々に言った。それを聞いた春香は少しだけ雄太の腕から顔を離した。
「その腕時計は雄太くんに良い物を着けてもらいたいのと初めての重賞優勝の記念だからで……。見た目も格好良くて、雄太くんに似合うかなって思ってぇ……」
「成る程ねぇ〜。うん。気持ちは分かるよぉ〜。で、制限って事は、重賞勝ってもお祝いはなしなんだぁ〜」
「お祝いはしますよ。重賞を勝ったら私からキスを……あ」
春香はつい口を滑らせた。それを聞いた鈴掛と純也が口を開けて固まり、梅野はニヤニヤと笑った。
「へぇ〜。そうなんだぁ〜」
春香は、また雄太の腕に縋りついた。
「良いじゃないかぁ〜。恋人同士なんだし、キスのプレゼントなんて恥ずかしがる事じゃないと思うよぉ〜?」
「そうですか……?」
春香が訊ねると梅野はうんうんと頷いた。
「それで、雄太への初めてのプレゼントはどんなのにするか考えてるのぉ〜?」
梅野の笑いに雄太の第六感がピンと働いた。
「う……梅野さん、変な事言わないでくださいね?」
「え〜? 何? 何? 俺が何を言おうとしたか分かったのかぁ〜?」
二人の会話を聞いていた春香は雄太を見上げて、不思議そうな顔をした。
「雄太くんは、梅野さんが何を言おうとしてるか分かるの?」
「梅野さんが、ああ言う笑い方をしてる時に言いそうな事は大体分かるんだよ」
春香はチラリと梅野を見た。梅野はニッコリと笑う。
「ヤダなぁ〜。雄太ってばぁ〜。いくら俺でも、市村さんがスケスケのベビードールを着て、ピンクのリボンを付けて『プレゼントはわ・た・し』とか言うなんて言わないからなぁ〜?」
「う……う……う……梅野さんっ⁉」
その瞬間、鈴掛と純也が盛大に吹き出し、雄太は顔を真っ赤にして叫んだ。そっと隣の春香を見ると見事なまでに真っ赤になって固まっていた。
「は……春香……」
春香はハッとして雄太の胸に顔を埋めた。服越しにでも熱が伝わって来る。ヨシヨシと春香の頭を撫でると、春香が少し顔を上げて口元を手で覆っていた。
(内緒話?)
口元に顔を近付けると、本当に小さな声で
「雄太くんは……そう言うのが良いの……? 私に出来るかなぁ……?」
と、言った。
思いがけない言葉が耳に届き、今度は雄太が固まった。
(ちょっ‼ ちょっ‼ ちょぉ〜〜〜っ‼)
恥ずかしさから潤んだ瞳で見詰められると想像してしまいそうになる。
(ベビードールってのは分からないけどスケスケ……。うわぁっ‼ 駄目だっ‼ 想像するなっ‼ 俺っ‼)
「だ……大丈夫だから……」
何が大丈夫か分からないままそう言うと春香は頷いた。春香も何が大丈夫かは分かってないだろう。
雄太が梅野に釘を刺しておこうと顔を上げると、父親モードの鈴掛がきっちりと梅野を締め上げていた。




