152話
(駄目だ、駄目だ。ここはきちんと言っておかないと。頑張れ、俺)
可愛い仕草に負けてなるものかと、雄太は自分を励ます。
「春香は、これからも俺が重賞獲るって思ってくれてるんだろ? 重賞獲る度に色々もらうのって、俺も困るし」
そう言われて、春香はハッとした顔で雄太を見た。
「そっかぁ……。この先、重賞勝つ度にプレゼントしてたら、雄太くんの部屋が大変な事になっちゃうよね」
(お〜い。何を買うつもりしてんだよぉ〜)
雄太は心の中で盛大にツッコミを入れる。気持ちは嬉しい。可愛い恋人がお祝いしてくれるのは最高だとは思う。だが、これ以上お金を使わせたくない。
「ん〜。じゃあ、G1なら良い? やっぱりG1は特別だと思うの。初めてのG1はお祝いしたいな」
「そうだな。俺もG1は特別だと思ってるから良いよ」
雄太の許しを得て春香は嬉しそうに笑った。だが、次の瞬間
「今回のは……駄目?」
と訊いた。
雄太は指でバツを作る。それを見た春香は、またプウっと頬を膨らませた。
(拗ねるなよぉ……。可愛いから許しちゃうだろ……。仕方ない。奥の手を使うか)
雄太は腰を浮かせ春香に顔を近付けた。そして、口元を手で覆い他の人達に聞こえないように小さな声で
「今回のも駄目。どうしてもって言うなら、後で春香からキスして。それがプレゼントな?」
雄太に言われ春香の顔が一気に赤くなった。
(お〜。見事に真っ赤だ)
「そ……そ……そんなので……良いの……?」
聞こえるか聞こえないか分からないくらいの小さな声で春香が訊ねる。雄太は、元の位置に座りながら頷いた。
「春香の誕生日プレゼントは俺だったろ? お金かかってないよな? で、俺は重賞がある週は頑張ったら毎週でも春香からプレゼントしてもらえるだろ?」
(これで、お金使う事も減るよな。俺も頑張りがいあるし)
雄太は肘を付いた姿勢で春香を見詰めると春香は真っ赤な顔のまま頷いた。
帰りは高速を使わず161号線のバイパスを使い大津市内へと抜け、大きな公園へ立ち寄った。枯れ葉をカサカサと音を立てながら手を繋いで歩く。
あれこれ話しながら歩いていたが、急に春香が黙り込んだ。気付いた雄太が見ると耳まで赤くなりながら、雄太の方をチラチラと見ていた。
(もしかして……キスするの迷ってる? あ、そう言えば今日は一回もキスしてない……)
ファーストキスを済ませたばかりの春香からしたら、自分からキスをするのは相当な覚悟がいるのだろう。繋いだ手も、時折力がこもっていた。
「ゆ……ゆ……雄太くんっ‼」
「え? あ、何?」
突然気合いの入った声が聞こえ春香を見ると真っ赤な顔をして雄太を見上げていた。
「目、閉じてくださいっ‼」
「う……うん」
雄太は目を閉じて待っていた。が、何もない。どうしたのかと目を開けた瞬間、春香の唇が触れた。
(あ、気合い入れてたのか)
自分からキスをするのに気合いが必要な春香のウブさに笑いが込み上げそうになる。
(本当、可愛い……)
「えっと……もう一回します……」
「うん」
雄太は、目を閉じて身を屈めた。そして、春香の唇が触れた瞬間、ギュッと抱き締めた。さっきより長いキス。
唇を離してから春香の顔を見詰めると真っ赤になったまま、ニッコリと笑っていた。離れ難くて抱き締めたまま話す。
「何で二回?」
「えっと……G2だったから二回なの」
「じゃあG3だったら?」
「G3だったら一回」
「そうなんだ。じゃあG1だったら? 三回?」
赤かった春香の頬が更に赤くなった。
「G1だったら……五回……」
自分で言ったのに余程恥ずかしかったのだろう。そう言った後、春香は雄太の胸にギューッと顔を埋めた。雄太は右手で春香の頭を撫でた。
春香にお金を使わせない為のキス作戦だったが、照れまくっている春香を見られて棚ぼた気分の雄太だった。




