151話
雄太は俯いた春香の手に自分の手を重ねた。それに気付いた春香が顔を上げて少し笑った。
(確かに春香の年齢や見た目だと舐められるかも知れないよな……。だから必要以上に高価な……ん?)
「えっと……そのバッグも小道具って事は高い……のか?」
春香はチラッとバッグに視線をやってから雄太の顔を見詰める。
「うん。これはエルメスのバーキンだから」
「エルメスなんだ」
雄太にもエルメスは分かった。元々は馬具を作っていたハイブランド。梅野や他の先輩達も使っている人が多かった。ただ、『バーキン』が分からなかった。
「オーダーメイドのバッグでね。私のは……三百万円」
(さ……さ……三百っ⁉ バッグが三百万っ⁉)
エルメスが高い事は知っていたが、女性の持ち物等には疎い雄太はバッグがそれ程まで高いとは知らなかった。
「もっと高いのも作れるんだけど小道具だし……ね。幻滅した……? こんな私で……」
淋しそうな……泣きそうな顔で春香は笑っていた。雄太は首を横に振った。
「春香は、親とだけじゃなく他の大人って言うか世間って言えば良いのか分かんないけど、そう言うのとも戦ってたんだな。ゴメンな? 俺、気付いてやれなくて」
プロとしてやって行くには辛い事もあるだろうとは思っていた。自分もそうだから。だが、ブランドのバッグや高級車と言う鎧を身に纏って戦っている春香を癒やしてやりたいと思わずにはいられなかった。
「ありがとう、雄太くん。私ね、自分にお金を使うの苦手なの。でもね、私がそう言っても車やバッグにお金使ってるだろって雄太くんには思われたくなくて……。ちゃんと話しておきたかったの」
「うん。高いバッグが小道具って事は、もしかして店でバッグを前に持ち替えてたのは……」
春香は雄太が自分の事を誤解しなくて良かったとホッとした顔で笑った。
「そう。雄太くんも私もオーダーのスーツを作るような年齢には見えないでしょ? 雄太くんは、これから大勢の人の前に出る為のスーツを必要だった訳じゃない? 若いって言うだけで安い物を薦めて来るのか、ハイブランドを持ってる人にそれなりの物を薦めて来るのか見極めたくて」
「成る程……」
あの時の春香の不思議な行動がやっと分かった。
「本当は、ああ言うやり方はしたくなかったんだけど、お金あるってアピールしておかないと心の中で『お金払えるのか?』みたいに思われながら接客されても嫌だなって思って。勝手な事してゴメンなさい」
春香はペコリと頭を下げた。
「良いよ。初めての店だったし、これから付き合える店かどうか判断しておくのも良かったんじゃないか?」
「そうだね」
春香の手を握る自分の手を見て、ふと腕時計に視線が向いた。
(そうだ……。この腕時計……)
「あのさ……春香にお願いがあるんだけど」
「なぁに?」
雄太が恐る恐る言うと春香はちょこんと首をかしげる。
(うは、可愛い……。じゃなくてっ‼)
雄太は決心を固めて、春香から手を離す。手を握っていたら決心が鈍る気がしたからだ。
「春香さ、自分にお金使うのは苦手って言ったけど、俺に使ってる金額って半端なくないか?」
「え? ん〜。駄目……かな?」
春香は手にしていたストローでアイスティーをグルグルとかき混ぜる。カラカラと涼し気な音が響く。
(拗ねてる……な?)
雄太は表情と動きで、春香の心情を想像をしてみる。
「今回のは、初めて重賞を獲ったって事で良いけど、これからは高いの買っちゃ駄目だからな?」
雄太は自分自身が春香に贈り物をしたのはカシミアとは言え膝掛けだけなのを考えると、これ以上高価な物をもらう事に申し訳ない気がしていたのだ。
「雄太くんには良い物を使ってもらいたかっただけなんだけどな」
春香はプウっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
(やっぱり拗ねてる)
その姿が可愛くて雄太は心の中で笑いが止まらなくなっていた。




