150話
春香は、四条通りから少し入った駐車場に車を停めた。
「車停めるの、ここで良かった?」
雄太はポケットからメモを取り出して見る。
「えっと……うん。ここで良いんじゃないかな? 少し歩くけど」
「この辺の駐車場は争奪戦が激しいから、ここで妥協した方が良いかも」
市内は、駐車場はあまり多くない。地価が高いので駐車場代も高い。それでも、空いている所を探すのは大変なのだ。
「じゃあ、行こっか」
「うん」
春香は頷いて車を降りると後部座席からバッグを手に取った。雄太も車を降り、春香の手にしたバッグを見た。
(この前持ってたリュックじゃないんだ? 女の子って服に合わせてバッグ変えるって言うからそれかな? 今日のワンピースなら、バッグの方がピッタリって感じだし)
二人は並んで四条通りへと出た。平日であっても、さすがに人通りは多い。手を繋いで歩きたいが往来の邪魔になりそうで躊躇した。しばらく歩くと春香が指差した。
「あ、あそこじゃない?」
「うん。そうだな」
二人は、落ち着いた店構えの店内へと入った。
「いらっしゃいませ」
三十代半ばくらいの落ち着いた雰囲気の男性店員が出迎えてくれた。開店したばかりの店内にはまだ客はおらず、静かな店内には数人の店員が居ただけだった。
「スーツのオーダーをお願いしたいのですが」
雄太が緊張しながら言うと、男性店員は
「かしこまりました。こちらへ」
と、案内を始めた。
雄太が歩き出すと春香が腕に下げていたバッグを体の前へとやった。
(ん? 春香、何してるんだ?)
その時、店の奥にいた年配の店長らしき男性店員が春香を見て、雄太達を案内していた男性店員に近付き何かを耳打ちした。
(何だ……?)
耳打ちされた男性店員は一瞬ハッとした表情を見せた後、雄太達を振り返り会釈をすると案内を続けた。
(何だったんだろう……?)
理由が分からないまま採寸をして、生地を選びデザインを決めて行く。『生地はこう言うので』とか『フロント・ラインは』『センターベンツは』『ステッチが』『タックの数は』等と春香が店員にあれこれ訊いているが、雄太には分からない単語ばかりで黙ってしまっていた。
(ん? んん……? 俺……全く分からないんだけど……。何で春香は分かるんだろう……? てか、春香メチャ詳しいじゃないか。女の子って……こんな感じの事が分かるのが普通なのか……?)
キリッとした顔で店員と話している春香の横顔に見惚れていた。
店を後にして駐車場に戻ると春香はフゥーと息を吐いた。
「疲れた?」
「うん。少しね」
「お昼食べに行こう。春香は何が食べたい? 今日はいっぱい助けてもらったから良いレストランに行こうか。 せっかく可愛い格好してるんだし」
「ファミレスが良いな」
雄太の提案に春香は笑って答えたのだ。
「え? 遠慮してる?」
「ううん。本当にファミレスが良いの。ちょっと疲れたから」
(疲れた……? 運転……じゃなさそうだけど……。さっきの店でのやり取り……か?)
雄太が訊ねると春香は少し困った顔をしながら答えた。二人は市内を出てファミレスで昼食をとった。
食後、雄太はコーヒー。春香はアイスティーを飲みながら話していた。
「あのね、雄太くんに聞いて欲しい事があって……。このバッグも車も、言うなれば小道具なの」
「小道具……?」
雄太の目が点になる。
「私一人で出張施術に行ったりするって話したじゃない? その時に、いつもの様な格好とかだと『子供が』みたいな感じで上から目線で来る人も居たんだよね。だから、必要以上に私を大きく見せなきゃならない事もあって……。直樹先生の言う理由もだけど、あの車もこのバッグも小道具として必要だったの。まぁ背伸びみたいなものだから疲れちゃうんだよね……」
春香は、切なそうな顔をして少し俯きながらアイスティーのグラスを見詰めた。




