146話
笑いながらも雄太は純也の朝食が来るだろうと思い、写真を袋の中にしまっていった。純也の姿を見たパートのおばちゃんが、盆に乗せた定食を純也の前に置く。
「おばちゃん、ありがとぉ〜。いっただきま~す」
丼鉢に大盛りになった白飯に純也は満足気に笑いパクパクと食べ始めた。そこに、鈴掛が現れ純也の大盛り丼飯に絶句した。
「純也ぁ〜。お前、お代わり禁止だからって、その丼飯は反則だろぉ〜」
「お代わりは禁止だけど、大盛りは禁止されてないからセーフっす」
「確かに、そうだけどぉ〜」
呆れ顔の梅野に純也はサムズアップしながら答える。ガツガツと大盛り丼飯を食べる純也に雄太も笑いが止まらなくなる。
「あ、そうだ。なぁ、雄太」
「何だよ?」
「さっき会った時から気になってたんだけど、その腕時計いつ買ったんだよ? メチャ格好良い奴だな」
純也が雄太の左手首に着けている腕時計を指差しながら訊いた。
「え? あ、これか? 先週デートした時に春香にもらったんだ。初重賞獲ったお祝いにって」
鈴掛が純也のセリフに反応し雄太の左手首を見て固まった。
「鈴掛さん?」
「雄太、それどこのブランドのか知ってるかぁ〜?」
梅野がニヤニヤと笑いながら雄太に訊ねる。
「え? タグ・ホイヤーですよね?」
「そう。でさ、それ幾らぐらいのか知ってるぅ〜?」
雄太の答えに頷きながら梅野が話を続けると、雄太は首を横に振った。
「雄太は、梅野のタグ・ホイヤーの値段知ってるか?」
鈴掛が味噌汁の御椀を持ち上げながら訊ねた。
「梅野さんの? G1を獲った時に記念に買ったって言ってましたよね? 確か五十万円ちょっとって。俺が獲ったのってG2で……。え? あの……もしかして……もしかします……?」
梅野は、頬杖をついて妖しげにニヤリと笑った。
「その『もしか』だ。それ、八十万以上する奴だぞぉ〜」
(は……は……は……はち……)
「八十万っ⁉」
雄太が声を上げる前に、周りから声が上がった。
(うおっ⁉)
いつの間にか周りには、大勢の先輩達が居て、その大声に雄太は椅子から転げ落ちそうになる。
(は……春香ぁ……)
タグ・ホイヤーは手軽な値段のもあるので、てっきりお手軽価格の物なのかと思っていた雄太は、自分の左手首を見て変な汗が滲み出て来たのを感じた。隣に座っている純也は口をパクパクさせていた。
「さすが雄太の初騎乗の単勝に五万もぶっこむだけの事はあるなぁ〜。初重賞を獲った記念とは言え、俺が躊躇したカレラをポンとプレゼントとはぁ〜」
梅野はうんうんと頷きながら言う。
(と……とりあえず早急に春香の金銭感覚を矯正しないと……)
雄太がそう思っている頃、春香は上機嫌でトレセンへの道を車で走っていた。
「で、雄太ぁ〜。市村さんは何時に来るんだぁ〜?」
梅野に言われ、雄太は腕時計を見た。
(う……八十万……)
「も……もう直ぐですね。8時って言ってたんで」
文字盤を見る度、金額がチラつく気がしながら雄太は答えた。
(もしかして、梅野さん俺に腕時計を見させる為に言った……とか……?)
策士梅野のニヤニヤ笑いが真実を物語っていた。
「あ、もう市村さん来る時間? これ食っちまうから、ちょい待って」
「何で、純也が春香ちゃんが来るからって慌ててんだ?」
純也が残っていた丼飯をかき込み始めると、鈴掛が不思議そうに雄太に訊いた。
「春香がソルに渡したい物があるって言ってたんですよ」
「おばちゃん、ご馳走さまっ‼ 美味かったっ‼」
純也は厨房に盆を返却しながら言う。そして、雄太にニッと笑う。
「お待たせ〜」
「んじゃ、俺も市村さんに会って来よう〜」
純也が歩き出すと梅野も立ち上がり歩き出す。
「俺も行きますね、鈴掛さん」
雄太は写真の袋を手にすると鈴掛に軽く会釈をした。
「おう。春香ちゃんによろしくな」
「はい」




