145話
雄太が心の中で盛大にツッコミを入れていたら、梅野がコーヒーカップを手に食堂に入って来た。
「おぉ〜、雄太ぁ〜。来てたのかぁ〜」
「おはようございます。春香が、写真受け取って直ぐに出かけるのは嫌だって言うんで、待ち合わせの時間を少し早くしたんですよ」
雄太が言うと梅野は手に持っていたカップを手渡した。
「んじゃ、写真取って来るから、それ飲みながら待っとけぇ〜」
「え? これ梅野さんのじゃ」
「良いから、良いからぁ〜」
梅野は、そう言って自室に戻って行った。雄太は、カップを持って窓際の席に座った。香りを楽しんでから一口飲む。
(良い香りだなぁ〜。やっぱり梅野さんのコーヒーは美味しいな)
ゆっくりとコーヒーを味わっていると、梅野が写真の入った袋を手に食堂には言って来て、その袋をポイと雄太の前に置いた。
「え? これ全部……ですか? 撮ってたのって、五枚くらいだったんじゃ……」
雄太は驚いて訊ねた。梅野は雄太の前に座るとコーヒーを一口飲んだ。
「それ、全部だぞぉ〜。まぁ、見てみろってぇ〜」
なぜこんなに大量の写真なのかと思いながら雄太は袋の中から写真を取り出した。
「え? ちょっ‼ 何でっ⁉」
「望遠使ったからぁ〜」
「じゃなくてっ‼ 何で、あの日乗馬に行くの知ってたんですかっ⁉」
取り出した写真は、春香が乗馬をしている物ばかりだった。
「ふふ〜ん。お前、二回目に東雲に行ったの俺と一緒だったの忘れたかぁ〜?」
「忘れてませんけど……。ま……まさか……春香をデートに誘ったのを……」
「バッチリこの耳で聞いてたぞぉ〜」
梅野がニヤニヤと笑いながら言う。何気なくとは言え、女の子をデートに誘った現場を聞かれていた事を暴露され、雄太の顔が赤くなる。
(こ……この人はぁ……)
「だってカーテンだったしさぁ〜。二人共、スッゲー楽しそうだったしぃ〜。遠慮して声をかけるタイミング迷ったんだぞぉ〜」
(くぅ〜)
悔しいやら、恥ずかしいやら、複雑な気持ちはするが、一枚ずつ写真を見る。
「もしかして喫茶店で春香が一人で馬に乗ってたとか、騎乗姿勢取れたとか言った時、驚かなかったのは写真撮ってたからなんですね……?」
「正解ぃ〜。写真を撮るだけ撮って、ダッシュで寮に戻ったんだぜぇ〜。ひっさしぶりに全力疾走したぞぉ〜。鈴掛さんと純也と昼飯の約束してたしさぁ〜」
梅野は楽しそうに笑っている。
「ありがとうございます……。本当は写真撮りたかったんですけど、春香は初めての乗馬だし目を離しちゃいけないと思って諦めてたんで嬉しいです」
「そうだろうと思ったんだよぉ〜。引き綱引いたりしてたら写真なんて無理だろうし、馬上の市村さんが心配で、それどころじゃないって思ってなぁ〜。ほら、これとか市村さん良い顔してるだろぉ〜? 残しておきたくなる笑顔だよなぁ〜」
雄太が礼を言うと、梅野は優しい笑顔で春香の写真を指差す。満面の笑みで馬を撫でる春香。馬上で風を受け笑顔の春香。そして、雄太の騎乗姿勢を真似している春香。
「俺と同じ時期に競馬学校に行ってたら、今頃どんな騎手になってたんだろうって思うくらい、良い騎乗姿勢だったよなぁ〜。市村さんって真っ白なキャンバスみたいな人だから、色んな事をスッと吸収していけるのかもなぁ〜」
あの日、春香が騎乗姿勢をとれたのはほんの数秒だけ。その一瞬を捉えた写真だと、本当に綺麗な騎乗姿勢だった。
(俺、春香が先輩だったら好きって言えてたかな? 無理だったかなぁ……。優しい先輩も居るけど、怖い先輩も多いし……。いや、あの笑顔を見せられたら……)
雄太が色々と考えていると純也が戻って来た。二人の居る席に座り、広げてある写真を覗き込むと
「あれ? 梅野さんって盗撮の趣味あったんすか?」
と訊ねた。
「純也ぁ〜。盗撮って人聞きの悪い言い方するなよぉ〜。俺、傷付いちゃうよぉ〜?」
雄太は、我慢出来ずに爆笑してしまった。




