144話
月曜日
父と母がリビングで話し込んでいるのを見た雄太は、その隙にこっそりと家を出た。時刻は、まだ7時半過ぎた処だったがチャンスは逃したくなかった。
(上手く家を出ないと、こんなに早く行くのかって言われるもんな)
春香と付き合っている事は、まだ話せていない。
(まだ、早いって言われるのは分かってるからな……。母さんはどう言うか分からないけど、父さんはうるさく言いそうだし……)
中学の時、多大な迷惑をかけたと言う思いが強く、雄太は恋愛関係では父母に強く言い難い。確かに申し訳なかったとは思っているが、雄太の中ではもう過去の話であり、未成年ではあっても社会人なのだと言う気持ちもある。
(春香を紹介した方が良いのは分かってるけど……)
自分は直樹に交際の許しをもらった事から、春香も両親に挨拶をと言ってくれたのだが
「もう少し待ってくれる?」
と言ってある。
(もしかしたら、春香に……あいつの話をしなきゃいけなくなるかも知れない……)
『中学生で不純異性交遊をした』と知られ、そんな男なのだと思われるのが怖かった。もし、それを知った春香が離れて行ったらどうしようと思うと言い出せないでいた。
(言わなくても良いかも知れないけど……。誰か他の奴から聞かされるのは……な)
「あれ? 雄太?」
自宅前の坂道を下り、通りに出て少し歩いた所で後ろから声をかけられた。振り向くとジャージ姿の純也が居た。
「ソル、早いな。もう走ってたのか?」
純也は雄太の隣に並ぶと首にかけていたタオルで汗を拭う。
「俺さ、来週のG2に出られるかもなんだよ」
「俺と一緒なんだな」
「そう。まだ確定じゃないけどさ、調教師が言ってくれたんだ。んで、居ても立っても居られなくなって走ってた」
「そっか。決まると良いな」
親友の報告に、さっきまでのモヤモヤした気持ちが払拭された気がした。純也はグッと拳を握り上下させる。
「俺、重賞は雄太と走った事なかったから嬉しくてさ。今からメチャ楽しみなんだ」
幼馴染から親友になり、今は良きライバルとしても一緒に居る大事な存在。
同じレースに出れば、どちらかが勝ち、どちらかが負ける。それでも腐る事なく、良い所を認め合い、吸収して来た。共に負けた時は、熱く反省点を語り次に繋げて来た。
「ソルが起きててくれて良かったな」
「へ? 何で?」
「春香にさ、ソルが一週間お代わり禁止なんだって話したら、何か渡したい物があるって言ってたんだよ」
昨夜、純也が賭けに負け一週間お代わり禁止にされた話を聞いた春香は、どうやらツボったようで、しばらく笑いが止まらずにいた。
ようやく笑いが止まった春香から、純也に渡したい物があると告げられていた。
「あぁ〜。そうなんだよな。お代わり禁止とか最悪だよ。俺、食う事が楽しみなのにさぁ〜」
「食う事が楽しみで、ガッツリ食うのに騎手やってる奴なんて殆ど居ないぞ?」
雄太に言われ、純也はゲラゲラと笑う。
「食っても走りゃ大丈夫だっての。てか、市村さんが俺にって何だろ? 雄太、聞いてないのか?」
「聞いてないんだよなぁ〜」
並んで歩きながら、雄太は純也を見る。雄太より少し背が低い純也。だが、筋肉の付き方は一切無駄がなく、まさにアスリートといった体付きで雄太は憧れていた。関節が柔らかい上に可動域が広く、乗馬経験が少ししかないのに乗馬姿勢も美しく安定していると競馬学校の教官も褒めていた。
初勝利は雄太より遅かったが、今では梅野とリーディング争いをしている。
(凄い奴だよ。マジ自慢の親友だ)
寮に到着すると二人は食堂に向かった。純也は、厨房に向かって
「おばちゃん〜。俺、飯大盛りね〜。シャワー浴びてくっからぁ〜」
と言って自室へ走って行った。
(お代わり禁止だからって大盛りにするなよ〜。意味ないだろ)
雄太は呆れながら笑った。




