142話
日曜日
東雲マッサージの待合では、競馬好きの男性客達がテレビの前に集まっていた。その隅で春香はニコニコ笑って座っている。
「春ちゃん。今日のG2の狙い目は何番だ?」
「私は12番ですよ」
「お? 俺は10番だな」
「俺は……8番にしよう」
「春ちゃんはなかなかの良い勝負師らしいから、俺は春ちゃんと同じ12番にするぞ」
その様子をカウンター内から見ていた里美は
(いつの間に、あんな風な春香と競馬を見ようの会みたいになったのかしら……)
と、苦笑いを浮かべながら見ていた。
気が付けば土日の来店数も増えており、マッサージを終えた男性客と春香は競馬中継を見るようになっていた。
普段、顔を合わせる事のなかった男性客とも笑いながら話している春香を見ていると、人を恐れていた頃が嘘のようだと里美は思った。
(鷹羽くんとお付き合いするようになってから、本当に良い顔で笑うようになったのよね……)
あの日の夜、直樹から春香との交際を認めて欲しいと雄太が言った事を聞かされててから、里美の中で雄太=子供と言う認識は薄れた。
春香の過去や現状を話したと聞いた時は、子供に辛い選択を迫った事に怒りが湧いた。子供ならば、春香から離れるだろうと思っていたのだが、雄太はマメに手紙を届けてくれ、ゆっくりと春香との距離を縮めてくれたのも好感が持てた。
『週に一回しか合えなくても雄太くんとお付き合いしたいの。今まで以上に仕事もします。だから、土曜日と日曜日の15時から16時は予約不可にさせてください。それと、専属のお話は来た時点で断ってください。お願いします』
デートした日の翌朝、春香はきちんと頭を下げてお願いをした。その瞳は、真っ直ぐで雄太への想いが溢れていて里美は娘の成長が嬉しかった。
(あの子の初恋が思い出すのも辛くなるような事にならなくて良かったわ。問題は……すっかり花嫁の父モードの直樹……よね……)
里美は、パソコンの前に座りシフトを組む作業をしている直樹を見た。
(可愛い娘が出来て、たった七年で他の男に奪われたんだから、ショックなのは分かるけど……)
本人に自覚があるのかどうかは分からないが、チラチラと春香を見ては小さく溜め息を吐いている。
その時、パチパチと拍手が響いた。里美が、そちらの方を見ると、テレビに大きく『第35回京都新聞杯G2』と映っていた。
(雄太くん、頑張って。応援してるから)
春香は想いを込めて拍手をしていた。
✤✤✤
京都競馬場 15:40発走 11R 京都新聞杯 G2 芝2200m
雄太は、ゆっくりと深呼吸する。そして、馬の首筋を撫でる。
(お前、調子良いよな。追い切りも良かったし。頑張ろうな。二週連続で新人が重賞が取れる訳がないとか言う奴も居るけど、そんなのは関係ない。俺は、精一杯騎乗するだけだ……)
ガシャン
ゲートが開いた。雄太は、ゆっくりと内へと入って行く。しばらくすると雄太は先頭に立った。何度も何度も並びかけられるが、その度に前へと出て行った。
✤✤✤
「お〜。鷹羽のアンちゃん逃げるなぁ〜」
「勝負根性あるよな、この坊は」
並びかけられる度に春香のドキドキは高まる。握った拳に力が入る。
(雄太くん頑張って。そして、無事に帰って来て。私、待ってるから)
4コーナーを回ると、雄太の馬がグンッと前に出た。それでも、他の馬達が追いかけ並ぼうとする。
「よし、良いぞっ‼」
「行けっ‼ そのままっ‼」
「追えっ‼ 追えっ‼」
ゴール手前の直線でグングン差を広げ、雄太は一着でゴール板を駆け抜けた。
「おぉ〜。逃げ切ったぞ」
「春ちゃん、お見事」
「5番人気だぞ。見る目あるなぁ〜」
口々に褒められ春香は照れ臭くなりながらも、画面の向こうの雄太に拍手を送った。
(おめでとう、雄太くん。格好良かった。鈴掛さんも、梅野さんも無事で良かった。お疲れ様)




