140話
(春香は、俺の事を太陽って言ってたけど、春香の笑顔は陽だまりなんだよな。ポカポカしてて、癒やされるんだよな。だから大好きなんだ)
「お前、今春香ちゃんの事を考えてるだろ?」
「ふぇっ⁉」
鈴掛に図星を指され、雄太は思わず変な声が出た。梅野が思いっきり吹き出す。
「したくもない作り笑いの話をしてたのに、今スッゲー優しい顔してたぞ?」
「市村さん効果って凄いのなぁ〜」
二人に言われ、顔が赤くなるのを感じながら笑った。
「アハハハ。レースに勝てなかった時も、フラれた後でさえ、春香と話してると笑顔になれるんですよ。春香自身は、そんなつもりはないんでしょうけど。俺より、いっぱい辛い思いをして来たはずなのに不思議だなって思って」
鈴掛は、お茶を飲みながらしみじみと言う。
「辛い思いをしたから他人に優しくなれるのか、卑屈になって他人に牙を剥くのか……。春香ちゃんは、暗闇で膝を抱えていたけど、他人を助けたいって思ったから、体だけじゃなく傷付いた心まで癒やしてるのかもな」
「そうかも知れないですねぇ〜」
そう言った梅野の笑顔が少し切なそうに見えて、雄太は気になった。
(梅野さん……? そう言えば、梅野さんってあんまり自分の話しないよな? 前に『伝えずに後悔するようなバカはするな』って言ってたよな……。もしかして、梅野さんは誰かに想いを告げられなくて後悔したのかも知れない……。それを春香に癒やされたのかな……)
お代わりをした分もたいらげた純也が、ふと顔を上げて梅野を見た。
「そう言えば、梅野さん。この前撮ってた写真は、どうしたんすか? 雄太に現像持ってくように頼んでたっすよね?」
「ん? あれ、取りに行く時間がなくて、金曜日に取りに行ったんだよぉ〜。良く撮れてたぞぉ〜。雄太、今度市村さんに会うのって月曜日かぁ〜?」
梅野が雄太を見ながら訊ねた。その顔は、いつものにこやかな顔だった。
「一着だったらデートで、それ以外だったらマッサージです」
「何? それ」
「春香が、毎回デートも良いけど、俺のマッサージをしたいって言っててさ。で、メインレースに出た時に一着だったらデートで、それ以外だったらマッサージって決めたんだよ」
雄太の言葉の意味が分からない純也に、キッチリと説明した。
「へぇ〜。てか、今回車は良いのかぁ〜?」
「ええ。春香が車を出すって言ってるんで」
雄太と梅野の会話を黙って聞いてた純也が驚いた顔で雄太を見た。
「市村さん、車持ってんの? 免許を持ってるイメージすらなかったんだけど」
鈴掛と梅野が顔を見合わせる。
「あ〜、そっか。お前等、知らなかったんだな」
「市村さん、動けない状態の人の所に施術に行く時もあるから、免許も持ってるし車も自分の持ってるぞぉ〜」
「確か十八で取ってるから、もう三年目だな」
鈴掛と梅野が交互に言う。
「へぇ〜。雄太は知ってたのか?」
「俺も知らなかったんだよな。『車出します』って言うから、直樹先生のを借りるのかと思ったら『免許取った時に買ったのがあるから』って」
鈴掛と梅野は、また顔を見合わせる。
「あ〜。免許取った時に買ったって言うと『アレ』か」
「新車で買ったって言ってたから、まだ乗り換えてないんでしょうねぇ〜。良い奴だったしぃ〜」
鈴掛と梅野にしか分からない会話を聞いていた車好きの純也が興味津々で訊ねる。
「鈴掛さんも梅野さんも、市村さんの車が何か知ってるんすか?」
「俺は、東雲に行った時に見たんだよ。たまたま納車日でな。梅野は乗せてもらったんだよな? 去年、左手を痛めた時に」
「そうそう〜。行きはタクシーで行ったんだけど、帰る時になったらスッゴい雨が降って来てさぁ〜。タクシー40分〜60分はかかるって言われて、市村さんが送ってくれたんだよぉ〜」
(良い車かぁ……。何だろ……?)
雄太は、春香なら軽自動車かと思っていたから、梅野がそんな事を言うとは思わなかった。




