139話
土曜日の夜
雄太達は、調整ルームの食堂で夕飯を食べていた。雄太の隣に純也。雄太の前に梅野。純也の前に鈴掛。
(もっともっと頑張らないと……。でも、無茶はしちゃ駄目だよな。無茶して怪我したら春香に心配掛けるし。よし、明日も精一杯頑張ろう)
一着になれなかった事の反省と改善点を考え、明日の騎乗を考える。それは純也も同じで、黙っている時は二人共、反省と切り替えの時間のようだった。
(こいつら成長したよな。負けても引き摺らなくなったし、切り替えも上手くなったし、反省を学びに出来るようになったしな)
鈴掛は、若い二人の成長が嬉しかった。今直ぐではないが、いずれ自分が騎手を引退し厩舎を開業した時に騎乗依頼したくなるだろうと思っていた。
「雄太ぁ〜。明日、市村さん来らんないのかぁ〜?」
梅野が前に座っている雄太に訊ねた。雄太は、顔を上げて少し照れ笑いしながら答える。
「本当は来てほしかったんですけど、予約が入ってるからテレビの前で応援してるって言ってました。付き合うってなった日の夜に『お互いの仕事を蔑ろにしない事』『お互い仕事を優先して、尚且つキッチリこなす事』ってルールを決めたんですよ」
「雄太達、そんなの決めたんだ?」
純也が感心したように言う。鈴掛は、持っていた箸が止まる。
「俺、まだデビューして一年も経ってない上に春香は歳上だろ? 何かとゴチャゴチャ言われそうだなって思ってさ」
雄太なりに春香を守ろうとしてるのだなと思って、鈴掛と梅野が頷く。
「まぁ、若いってのは言われると思うぞ? 実際、俺も散々言われたしな。でもよ、出会ったのが今なんだし、付き合い方をしっかり考えてんなら良いんじゃないか? 春香ちゃんは、夜中に会いに来て欲しいとか言う娘じゃないしな」
鈴掛の言葉は、経験しただけに重い。そして、春香の事を理解している。
「鈴掛さんに色々聞かされてたのもあって、春香と話し合ったんですよ。今の俺は、鈴掛さんが結婚しようとしてた歳より下なわけですし」
「そうだな。雄太の場合、慎一郎調教師の息子ってのもあるからな」
自分の時より雄太が……と言うより、春香への風当たりは強そうだなと言う心配の方が大きい。
「雄太は注目されてるもんな。業界誌とかだけじゃなくて、一般の雑誌のインタビューも受けてたろ?」
純也は、雄太がインタビューを受けているのを見る度に
(親が有名だと面倒だよなぁ……。俺、一般家庭で良かった)
と思っていた。
「俺、変に注目されるの嫌なんだよな……。作り笑いとかしたくないのにさ」
雄太は、ウンザリといった顔をしながら深い溜め息を吐いた。
「雄太の作り笑いと、市村さんの作り笑いかぁ〜」
梅野がクスクスと笑い出す。
「梅野さん?」
「梅野さん、どうしたんすか?」
雄太と純也が不思議そうな顔で訊ねる。
「ちょっと、出会った頃の市村さんを思い出してさぁ〜。市村さんが笑えない頃があったって話たろぉ〜? 俺が話しかけても無表情って感じでさ。『俺と話してて楽しくない?』って訊いたら『楽しい……?』って聞き返して来るくらいでさぁ〜」
箸を持った手で口元を押さえるようにして笑っている。
「ほっぺたをムニッてして『こうやって笑うんだよ』ってやったら、今思い出しても腹が痛くなるぐらいに笑える作り笑いしてさぁ〜。マジで、引きつってるって感じでなぁ〜。それに比べたら、雄太の作り笑いって役者だなって思ったんだよなぁ〜」
「取材も仕事の一つって言われたし……。本当、必死ですよ。初騎乗の時なんて勝てなくて悔しかったのに……」
三人と居ると、つい本音が漏れる。そう言いながら、梅野が春香のほっぺたをムニッとしている顔を想像してみた。
(俺、そんな春香を見た事ないもんな……)
その頃、どんな精神状態だったのかを想像するだけで胸が苦しくなるような気がした。




