138話
「雄太は、市村さんと結婚したいんだ?」
「お? 市村さんも、そのつもりなのかぁ〜?」
純也は目をキラキラさせながら、梅野は興味津々といった感じで訊ねる。
「はっきり言ってくれた訳じゃないけど、俺が世界中の競馬場で走るのを見たいって言ってくれたから、多少は意識してくれてる……のかな? てか、付き合ってって言ったんでプロポーズした訳じゃ……。今の俺がプロポーズって、さすがに無理があると思うし……。あ、もちろん真剣ですよ? 生半可な気持ちで付き合いたいって思ってたんじゃないし、言った訳じゃないですから」
鈴掛が肩を掴んだまま、ジッと雄太を見る。そして、手を離してハァっと息を吐いた。
「まぁ、春香ちゃんと付き合うって事は、あのクソ親と戦わなきゃなんねぇ時が来るかも知れねぇって事だし……なぁ……。中途半端な気持ちじゃ立ち向かえねぇよな。口で言うのは簡単だけどよぉ……」
(こいつがどんな風に言ったか分かんねぇけど、二人は覚悟決めたんだな。よく決心したよな……)
鈴掛は雄太の頭をガシガシと撫でた。
「俺、春香が居なくなる方が嫌なんですよね。春香が一人で泣いてるってのは絶対に嫌だし……。春香が笑ってくれるなら、どんな事でも頑張れるよなって思ったんですよ。俺、笑ってる春香が好きだし、泣いてるなら涙をとめてやりたいし、笑わせてあげたいなって思うし。何より、春香の笑顔を誰よりも傍で見ていたいんですよ」
雄太は照れ臭そうに笑いながら、はっきり口にした。
「雄太、良いなぁ〜。俺も彼女欲しいなぁ〜」
「お? 純也は、どんな感じの子が良いんだぁ〜?」
純也が羨ましそうに言うと、梅野は純也の太ももをツンツンしながら訊ねた。
「ん〜。そうすっね。可愛い子が良いっすね。ピンクが似合うような子が良いっす。あ、派手なのとかケバいのは嫌っすよ。価値観が一緒なのは大事っすよね〜。金遣いが荒いのは絶対に嫌っす。度を超える束縛する子は嫌っすね。信用されてない気がするじゃないっすか。で、で、キスする時に背伸びしてくれるくらいに背が低い子が良いっす」
純也が嬉々として話す。やはり年頃の男の子らしく色々好みがあるらしい。仕事柄、中々出会う機会はないと分かっていても。
「うんうん〜。分かるぞぉ〜。そうなんだよなぁ〜。俺等騎手は身長がなぁ〜。で、雄太ぁ〜。キスした時、市村さんは背伸びしてたぁ〜?」
「え? あ〜。背伸びしてましたね。あ……」
梅野が普通の会話のように言うからサラッと答えてしまい、雄太は壁の方を向き、頭と両手を付けて固まった。それを見て、梅野はゲラゲラと笑い転げる。
(つ……つられてしまったぁ……)
その背を純也がつつきながら訊く。
「な、な。唇、柔らかかった? 何回したんだよ?」
「柔らかかったっ‼ 13回したっ‼」
雄太がヤケクソで答えると鈴掛が呆れながら
「13回って……。俺でも初デートで、そんなにしなかったぞ」
と言う。
「雄太ってば、どれだけキス好きなんだよぉ〜」
梅野が純也と同じように背中をツンツンしながら訊く。
「春香が可愛いからですっ‼ たまんなく可愛いからしましたっ‼ それと言っておきますけど、俺が好きなのは春香であって、キスが好きな訳じゃないですっ‼」
純也と梅野が顔を見合わせる。
「……一緒っすよね?」
「……一緒だよなぁ〜?」
(くぅ〜〜〜〜〜っ)
雄太が壁に縋り付きながらフルフルしていると、鈴掛が立ち上がり梅野と純也の肩をポンと叩く。
「お前等、もうそんくらいにしておいてやれ」
(す……鈴掛さぁ〜ん)
鈴掛が助け舟を出してくれたと思い、雄太は顔を上げた。
「雄太の『春香好き好き大好き』って惚気話を聞かされてる壁が可哀想になって来たぞ」
(壁っ⁉ 俺じゃなくて壁ですかぁ〜っ⁉)
雄太は壁に張り付き、純也と梅野は涙を流しながら笑い転げた。




